第31話 村での一泊

「これはこれは悪いねぇ……」

「いえいえ、旅の中お疲れでしょう。

 少しぼろいですが今晩は我が家でごゆっくりして行って下され」

「ありがとうございます」

「はは、お水を入れて参りますので少々お待ち下さいませ」


 先の襲撃があったせいで警戒してしまうのは仕方ない事だろう。

 このあばら家に刺客が潜んでいるのではないか、今から持ってくる水に毒が入っているのでは。と。


 あれから休憩を挟みつつ空が橙色に染まるほど歩いたわしらは、やっとこの村に辿り着いた。

 わしの手元には古ぼけた地図があり、これを元に辿り着いたのだ。


 地図をしまい、ジェニの荷物を下ろすのを手伝う。


 ここはラピト村。

 国境近くにある村だ。

 山と森に囲まれており、ここに住む人々は基本的に自給自足の生活をしている。


 ただ領からの税務官は一年に二回ほど来ており、態々農作物や魔物の素材などを税収として持って行っているそうだ。

 行商人は二月ふたつきに一度来たらいい方だという。


 これらは以前聞いた話だ。

 しかし、十年やそこらで状況が変わるとは思えなかった。


 もし変わっていないのであれば、せめてものお礼にこの村から死蔵している物を買い取ろう。

 何回かやってきたことだが、村で死蔵されている物は意外と旅や戦闘面で役立つ物もある。

 少しでもお役立ち物が買えたら大満足である。


 わしらが村長宅に泊めてもらう事が出来たのは、恐らく監視の意味もあるじゃろう。


 ここは少し閉鎖的な村だ。

 来る者を拒んじゃいないが、殆どの村人が来る者に対して懐疑心を持っている様なのだ。

 その懐疑心によっての緊張を和らげるため、村長は自分の家に泊めるという判断をしたのだろうと、わしは思っている。


 十数年前はこじんまりとした宿が一件あったが、今はなさそうだ。

 それもあってより閉鎖的な風潮が加速したのだろう。


 ジェニは疲れて言葉も出ないのか、少しうとうとしながら客室の机に向かっている。


 うとうとするのも無理はないな。

 十数時間歩いて、この空間だ。


 この空間とは優しい気の匂いがするこの部屋に、外から薄っすらと聞こえてくる虫の声。

 これはこの雰囲気に身を委ねるなりリラックスしてもおかしくはない。


 わしも虫の声に耳を傾けていると、足音が聞こえてきた。

 去っていく時もそうだったが、若干すり足気味なのでこれは村長の足音だろう。


 ――コンコン、コンコン


 木製の扉がノックされた。

 その音でジェニはもう閉じていた瞼を開けた。


「お水をお持ちしました」


 村長はそう言って木製の少し粗削りが目立つコップをわしらの目の前に置く。

 そしてわしらと対になる方の席に腰を掛けるとコップの水を飲んだ。


「今日は何故このような辺鄙な村にいらっしゃったんですか? 旅の人が立ち寄るような村じゃないので少し気になったのですよ」

「あぁ、この子が長旅で疲れないように一回宿泊を挟みたかったのじゃよ」


 老人は少し納得したような素振りを見せて頷く。


「そうでございましたか」


 少し沈黙が続く。


 何を話せばいいかと考えていると、先程の部屋を貸してくれたお礼の話を思い出した。


「村長殿、この部屋を貸して頂けたお礼と言ってはなんじゃが、この村に死蔵されている要らない素材などを買い取らせてはくれんじゃろうか。

 今はもう遅いので明日どうじゃ?」

「……それは有難いのですが……村の人々と相談させて頂きます」

「お願いする」


 わしはそう返事を返して、部屋を去っていく村長を見送る。


 そう言えばとジェニの方を見ると、姿勢正しく座ったまま寝ていた。


 器用じゃな……?


 そう思いながらも藁を詰めた敷布団を取り出し、ジェニに深い睡眠に誘う魔法|深睡眠《ディープ・スリープ》を掛けて持ち上げる。

 そして敷布団の上に下した。


 自分の敷布団を敷きながら、明日の予定に思考を向ける。


 明日、村の死蔵品を買取したら早々に村を立ち去ることにしよう。

 そして国境を越えたら一回野宿することになりそうじゃな。

 

 使い捨ての結界石は持っておらぬし、かといって結界の魔導具も持っておらん。

 魔除け系の物はあるにはあるが、わしらが通ろうとしている道中にはあまり強い魔物は出ないからなぁ。勿体ない性が出てしまう。


 わしは地図を取り出しながら国境付近の通る道を視線でなぞっていく。


「……ん?」


 ビディアンの森という山の中腹辺りにある平らな土地に目が留まった。

 そこは魔物が存在しないだけでなく、湧きも繁殖も近付きもしないそう。という記憶が引き出しから見つかる。


 ふむ、少し寄り道にはなるがこの森で野宿するのが良さそうだ。


 そう思い至るとわしは地図をしまい、横になった。

 明日が何事もないことを祈りながら。






 わしはこの時、この寄り道が間違っていたとは欠片も思っていないのであった。

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