第23話 じいさん、村を去る

「え…………?」


 真っ先に反応したのはジェニだった。崖っぷちに立たされたような絶望を顔に浮かべて、こちらを見てくる。

 

「なんで、行っちゃうんですか……?」


 わしが彼らに話したのは、この村を発つという話だ。


 前々から考えていた。

 レベルアップした時が潮時だろうと。


 長くこの村に住み続けていれば、皆気付くだろう。わしがとてつもなく長生きしている事に。


 わしの年齢を知っている村長やロタの所の家族。

 わしが不老不死だと知れば、きっと彼らは内緒にすることに決めるだろう。

 それは様々な教会、異端審問官達にとって共犯になりえる。

 わしは彼らにそのような責を負わせたくはない。


 だからここを離れることにしたのだ。


 そしてもう一つ目的がある。


 それは、アルビア王国の王都に向かうことだ。


 ……わしは親として、せめて娘の墓参りをしたい。

 現実と向き合う時が来たのだ。


「ちと、隣国に用事ができてのう。

 ジェニ、君達の成長を見届けられなくて残念じゃが……わしは行くことにした」


 わしの言葉を皮切りにジェニ君は静かにポロポロと涙を流し始めた。他の子供達も悲しそうだ。

 こんなに思ってくれるなんて、わしは幸せ者じゃのう。


「止めはしません。ですが、本当に大丈夫ですか?」


 そう声を掛けてきたのは、心配そうな顔をした村長だ。


「大丈夫じゃよ。こう見えて旅の心得は知っているつもりじゃ」

「……因みに出発はいつです?」

「今晩じゃな。……あ、言っておくが送別会は要らぬぞ。そこまで負担を掛けるつもりはない」

「そう、ですか」


 少し暗い顔をした村長は渋々と頷いた。


「じゃ、村長。ロズ達を頼んだぞ」


 わしはそう言い残して、その場を離れた。




 完全なあばら家な家に帰ったわしは、大片付けを始める。

 机の上にある、三冊の本から机そのものまで。キッチンの壁に掛けてある調理器具や洗い場の横の台にある食料類を全て【収納】の中に入れていく。



 一時間経つ頃には家の中に物が殆ど無くなっていた。


「随分とスッキリとしたのう」


 足の踏み場もないほどに物だらけだった物置部屋など、埃は目立つものの床がすっきりと見える。


 《時間検索タイム・サーチ》で時間を確認すると午後7時を過ぎていた。

 夕食の食い時だろう。


 【収納】から手軽な干し肉と果物を取り出して食べる。

 食べ終えたら、羊皮紙を取り出してそこに書置きを書くことにした。


 内容はこうだ。


 パーチ村長。

 わしはこの家の所有権を貴方に帰属することにしました。

 上記の通り、わしはもうこの村に戻らないと思います。

 子供達をよろしく頼みました。


 書き終わると、紙と契約書が隙間風で飛ばないように大銀貨が三枚入った麻袋を上端に置く。

 これはこの村が不自由しない為の支援金だ。

 あの村長ならばわしの意図を汲んでくれるだろう。


 願わくばこの村の子供達が腹いっぱい食べれるように、うまく資金繰りをしてほしいものだ。


 わしは杖を掴んで立ち上がり、椅子に掛けてあった外套を羽織って椅子も【収納】に入れる。

 

 以前と変わった、はっきりとした足取りで玄関に向かいドアノブを握る。


 思えば、生まれも育ちもこの家で、生涯を全うするのもこの家だと思っていた。

 まさかこんなことになろうとは、だれが想像できるのか。


 わしはこの状態で十数秒、今までのこの家での思い出を思い返し、口を開いた。


「今までありがとうな」


 わしは家に向けてそう告げると、ドアノブを捻り一歩を踏み出した。

 背後でドアが古めかしい音を立てて閉まりゆく。


 わしにはそれが、まるで「ありがとう、いってらっしゃい」と言っているように聞こえた。

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