第24話 じいさんと……

 真夜中。

 星々の明かりを頼りに踏み固められた土の道を歩く。


 辺りから虫の鳴き声が聞こえ、後ろ髪を引かれていた心も穏やかになっていくのを感じた。


 そんな道をゆっくりと歩いているとふと、後ろから急接近してくる人の気配を感じた。

 わしは視線鋭く振り返り、人の気配のする方を見つめる。


 数十秒して姿を現したのは、小柄な少女だった。それも猛ダッシュでこちらに向かってくる。

 するとあちらもこちらに気付いたのか、大きく手を振ってくる。


 暗闇でその少女の顔が見えないが、背丈はジェニによく似ている気がする。

 いや、まさかな。うん、まさか――


「リド爺ー!! おーい!!」


 ……あかん。ジェニで確定だ。

 声が完全にジェニと一致している。それに加えて「リド爺」呼びだ。


 村長は何故止めなかった? あの心配性な村長なら止める筈だろう? まさか、断りもなく出てきた!? 

 それにジェニが出てきたとなるとロズにとても辛い思いをさせることに……。


 わしがそう思いを巡らせていると、いつの間にかジェニは目の前まで来ていた。


「よかった、追いついた!」


 そう言いながら肩で息をするジェニの背には大きめのリュックサックがあった。そして肩下げバッグも掛けている。

 村長宅から持ってきたのだろう。


 わしはジェニをどうにかして帰らせるために思考する。


 ……やはり、村長が心配しているからと諭して帰らせるしかないか。


「あのな、ジェニ——」

「えっと、お父さんとロズ達には行ってくるって言ってあるよ。ほら……ちゃんと手紙も預かってる」

「……ん?」


 そう言ってジェニは手紙を差し出してくる。


 そこに書かれていたのは村長の字だった。


 リドル殿。

 ジェニファーは母親探しの旅に出ました。

 私もその旅に出たいと常々思っていましたが、私は村を預かる身。ジェニファーと一緒に旅に出る事は叶いません。どうか、ジェニファーを貴方の旅にご同行させて頂けないでしょうか? 母親探しという目的はあれど目的地はありません。

 不躾なお願いかと存じますが、どうか受け入れてくださると有難いです。


「ぬぅ……」


 あの村長がジェニを送り出す覚悟を決めたじゃと……? それにロズ達とはもう話してあるとな。


 ちらっとジェニを見れば、緊張した面持ちでこちらを見ている。


 ……だが、わしと一緒に旅をすれば、いずれわしが不老不死だとジェニは気づくだろう。それくらい彼は聡い子だ。

 わしはジェニに責任を負わせたくない。


 しかし、ここでジェニを受け入れなければ、彼は一人でも旅をしようとするだろう。それは危ない。


 野盗も出るだろうし、魔物も街道に出たりする。

 そんな中ハーフエルフの子供が一人歩いていたら、いいカモだ。

 そうなる前に受け入れるべきだろう。


「むむむ……」


 わしがそう唸っていると、目の前のジェニが意を決したように口を開いた。


「……知ってるよ。リド爺が何か大変な秘密を抱えてるって事」

「なん、じゃと……?」


 不意を突かれた形で、思わず口をぽかりと開けて驚く。


「僕達に隠し事をしているってことは少し悲しかった。……でもリド爺が考えた末に僕達に教えないことにしたんでしょ? 多分それは僕達を思っての事だと思う」

「……」

「だけどその秘密のせいで僕を旅に連れていけないんだよね……?」


 一拍置いてジェニは言葉を紡ぐ。


「……僕は大丈夫だよ。もしリド爺の秘密がわかったとしても、誰にも言わないし、もしその秘密のせいで追われることになっても貴方を恨んだりしない」


 ジェニの瞳には強い覚悟が宿っていた。


「僕は、貴方と一緒に——旅がしたいんです」


 まるで告白じみたその言葉にわしの目からは、かつての仲間の姿がジェニと重なって見えたのだった。




 …………

 ……………


「あれがルーの街!!」


 興奮した様子で遠くに見える街の城壁を見つめるのはジェニ。朝焼けの日の光に照らされたジェニの長髪は幻想的に見えた。


 

 結局わしはジェニの同行を許した。

 わしが「……わかった」と言った瞬間、抱き着いてきたくらいには喜んでいた。


 わしが不老不死だという事はまだ話していない。

 わしの問題にジェニを巻き込んでいいかが不安なのだ。


 だが……時が来れば覚悟を決めて話そうと思う。



 ルーの街、城壁の東門に着くとその付近には、依頼を終えての朝帰りらしき冒険者や商人と馬車と様々な人々が門が開くのを心待ちとしている様だった。


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