第18話 じいさん、お買い物をする

 果物屋に着くと、やはりそこにはまだロタの姿があった。

 果物屋の外にあるベンチに腰掛け、片手にリフィラの実を持ってそれを齧りながら思いに耽っている様子が目に入る。


 ロタの隣にはロタが愛用している麻製の大きめのバッグが置いてある。少々デコボコめに膨らんでいる事から、お土産に果物を買ったのだろうと推測する。


 さて、わしも何か買ってロタの横に座るとしようかね。

 昨日から歩き回る事が多かったからか、足が筋肉痛だ。早く足を休憩させてやりたい。


 そんな事を考えながら店内に入る。


「おお、涼しい」

「いらっしゃい」


 入った瞬間に感じたのは冷気だ。次に果物の甘美な香り。

 天井を見ると、むき出しのランプ型の氷と光の魔法道具が設置されているのが見える。


 あれは恐らくテランベール魔導王国産の魔法道具だな。あそこは格安の割に性能が良い。格安の理由は怪しげな研究・実験の成果だと囁かれてはいるが、それは恐らく本当なのだろう。


 わしが軍にいた時は同僚の一人が、かの国は燃料さえあれば半永久的に動く魔法道具を開発した。だの、人工魔石の開発に成功しただの言っていたのが思い出せる。


 わしが若返ったら行ってみるのもアリじゃな。何年かかるか分からぬがの。


 わしはそんな事を考えながら、所狭しと詰められた果物を眺める。


 ざっと見た感じ、一個当たりの最安の果物は黄銅貨一枚の物だ。ピフンの実という。

 最安でさえ黒パン二五個相当なのだから、果物は高級品だと今一度思う。


 ピフンの実の鑑定結果はこれじゃ。


=====

《ピフンの実(夏)》

 等級:G

 リンファーレほぼ全ての星々に自生している、ピフンの木の果実。

 ほぼすべての季節に実り、季節ごとに味が変わる果実。

 この果実の実った季節は夏。芳醇な香りを持ち、甘酸っぱい味。

=====


 ふむ、確かに芳醇な香りじゃ。自分用とジェントルマン用の四つ買おうかの。


 後はリンゴや最高級のルームラの実等々があるが、今日はこの四つだけでいいだろう。

 お金の使い道は他にある。


 ピフンの実を買い、ロタと少し談笑した後、ロタを引きつれ向かったのは雑貨屋だ。

 そこではスポンジをまとめ買いし、長年使っていた木製カトラリーももうそろそろ買い替え時だと思っていたのでそれも購入する。


 そしてそれらは【収納】の中へポイ。


 次に向かったのは錬金術師の店だ。

 どうやらロタは初めて錬金術師の店に入ったらしく、頻りに店内を見回していた。


 わしがそこで購入しようと思っていたのは、《魔力回復ポーション》だ。今後予期せぬタイミングで魔力を使う羽目になるかもしれない。

 ドミクの事然り、先の男たちに襲われた件然りだ。


 もし魔力が枯渇したら?


 そんな事になれば、無限に殺されることは間違いなく、そして永遠と倦怠感・吐き気が続くだろう。

 そんなのは勘弁願いたい。


 それを危惧してわしは《魔力回復ポーション》を買い求めに来た。

 

 どうやらこの店は初級から中級までの魔力回復ポーションを売っているみたいだ。

 上級もあるにはあるが、一本しか売られていない。

 それも、如何にも高級そうな箱に入っている。


 ちなみにその上級ポーションの魔力の回復量はおよそ一〇万。

 他に初級が一〇〇、下級が五〇〇、通常級が一〇〇〇、中級にもなると一気に効力が上がり一万だ。


 わしの魔力……MPの最大値は12840。


 だから少しずつ使える用に、初級を十本ほどと下級も十本。通常級が七本と中級を二本買っておこう。


 値札には初級が250リペ、下級が銅貨一枚、通常級が銅貨二枚と黄銅貨三枚、中級が大銅貨二枚と銅貨四枚と書いてあった。


 カウンターに持っていくと、わしたちの様子を見ていた店主がわしを爪先から頭までジロジロと見てくる。そして腕を組み怪訝な顔をした。

 まるで「お前にお金が払えるのか?」と言っているような顔つきだ。


 わしの体つきが老衰する前の筋肉ある姿ならば、店主もこんな顔はしなかったかもしれない。いや、それ以前にこのみすぼらしい恰好のせいか。


「合計92,250リペだよ。お客さん……払えるのかい?」

「ああ、払えるよ」

 

 驚いた、この店主ぼったくらなかったぞ? わしのようなみすぼらしい姿の老人相手に算術スキルを使えないと侮り、吹っ掛けてくる奴が多い中この店主は吹っ掛けてこなかった。

 ま、わしが金なしだと思って吹っ掛ける必要もないと判断したのかも知れぬがな。


 わしはそんなことを考えながら【収納】から銀貨を一枚取り出す。

 すると目の色を変えた店主は佇まいを直した。


 その後の店主の対応は非常に遜った態度で、ポーションを何やら高級そうな袋に入れてくれた。

 わしをお忍びの貴族かなんかと勘違いしたのだろうか?


 因みにロタは何も買わなかった様だ。

 まぁ、ファイアハウンドの買取代金じゃ到底足りないので仕方ない。

 わしがこんなにも高価なポーションを買えたのは、軍にいた時の給金や褒賞を貯金していたからである。


 わしの全財産は残り、今支払った分の数十倍以上はある。当分は大丈夫だと思いたい。


 わしはそんな事を考えながら、時々ロタと雑談しつつ東門の方へ向かう。


 それにしても今日は人通りが多い。もう昼だからだろうか。大通りの真ん中を通る馬車に、その脇を人々が通り過ぎていく。

 勿論わしらも倣って脇を通っている。


 何とは無しに道行く人々を眺めていると、人と人がすれ違った間に純白の羽が生えた天使が見えた気がした。

 一瞬足を止めかけたが目を擦り、見間違えだと思い足を進めた。


 前を向いたその瞬間。


 金髪の美しい女性が前方から歩いてきた。

 思わずその顔に見惚れてしまう。


 この年にもなって若い女性に見惚れるとはのう。

 そう思いつつも目が離せなかった。


 その女性とすれ違う。

 

 瞬間、辺りの空気が重くなった。

 というよりかは、スローモーションになって――


 ――っ!?

 身体の自由が効かない!?


 身体が動かない。指先も髪の一本一本ですら動かないのだ。


 そう感じ、目を見開こうとする。

 だが、瞼はごくゆっくりと上がるだけだった。

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