第19話 じいさん、診察する
いや、違う。身体の自由が効かなくなった訳じゃない。
恐らくこれは時間の流れる速度が遅くなったのだ。
目だけを動かして自分の足を見れば、物凄くゆっくりと前進しているのが分かる。
わしより少し前を行く、ロタを見るとこちらもやはりゆっくりと動いていた。
馬車も人も空の鳥もごくゆっくり動いている。
誰がこんな事を……?
そう思った瞬間、真横から凛々しい声が聞こえてきた。
「案ずることはない。これをしたのは私だ」
そう発したのは金髪の美しい女性。
真横に目だけで視線を向けると、金髪の女性の背中には純白の大きな羽が生えていた。
「貴様の【不老不死】は彼の神の権能の一つだ。――これは警告だ。その権能は扱いを間違えると身を滅ぼす代物だ。その事無きよう、努々忘れる事なかれ」
刹那、金髪の女性の気配が無くなると共に、時間の流れる速度が正常に戻った。
わしは居ないと分かっていても振り返った。
そこには金髪の女性の姿形も無かったのだった。
わしは村に着くまで、金髪の女性――いや、恐らく神に言われた事を脳内に巡らせながら歩いた。
権能、それは神々が持つというスキルではない特別な力。
そしてそれは多種多様だとという。
例えばわしに【不老不死】を与えた神、バリオは生命と時に関する権能を持っているのだろう。
【不老不死】はその権能がスキル化したもの? 一体どういうことなのか。
そんなのは聞いた事がない。
そもそも【不老不死】というスキルは実在する災人や英雄達のおとぎ話にもよく出てくるスキルだ。だが、権能じみた力を発動したというのは聞いた事がない。
であれば、この【不老不死】は他の【不老不死】とは違う特別なものなのか?
考えても分からん。こういうものはじきに分かるだろう。
そこまで急ぐこともないしの。
村に着いた頃にはもう日が落ちていた。
わしとロタは家先で別れ、各々家の中に入った。
そしてわしはキッチンに向かうとお湯を沸かし、パンと干し肉と白湯を飲み食いして寝た。
翌朝、激しいノックの音で目が覚めた。
またロタかの? 朝っぱらから騒がしい奴。
そう思いながらドアを開けると、そこにはロズ達がいた。
ロタじゃなかったことに驚きつつも一瞬呆け、ロズ達に「どうしたんじゃ?」と問う。
すると目尻に涙を浮かべたロズがしがみついてきた。
「来て! リド爺! 早くしないとジェニが死んじゃう!!」
ロズの涙を浮かべた姿を初めて見たわしは戸惑い、視線を他の子供たちに向ける。
すると子供達も切羽詰まったように頷く。
何が何だか分からないまま、わしは村の中心部、村長の家に連れていかれた。
村長宅に向かう途中、思い出したことがあった。
ジェニとは恐らく村長の息子の事だ。彼は昔から病弱だと聞いている。ロズが七歳を超えてから殆どベットの上で過ごしていると聞いた事があった。
ジェニはロズの思い人という認識がある。ロズがジェニの事を話すときは、他の話をするときより熱がこもっているように思うのだ。
それは単なる病弱な友達への心配の念が強いのか、それともジェニの事が好きだからなのか。
そんなジェニの容体が悪化したのか?
わしはこの村で唯一魔法を使える人間だ。以前はおばばという人物が魔法を使えたが、亡くなってしまった。それでわしが頼られたと。
……これは助けないという選択肢はないな。ロズにはわしのように辛い思いをしてほしくはない。
わしは村長の家の中にロズ達に連れられて入る。
そのまま二階に上がり、奥の部屋に辿り着く。すると微かに咳き込む声が聞こえてきた。
「パーチ村長、入るよ」
ロズがノックをして扉を開ける。
その部屋にはベットに横になっている、薄明るい水色の髪をした男の子? と村長がいた。
水色髪が物凄く長い。長い間髪を切らなかったのだろう。顔は女の子と見間違うほどに美形だ。この子がジェニ君なのだろう。
それにしても一目見て分かる程の顔色の悪さだ。唇は渇ききっており、荒い呼吸を苦しそうに続けている。
可哀想に、今直ぐ直してやりたい。
「村長さんや、ジェニ君に少し触れていいかの?」
「リドルさん……頼む、息子をどうか楽にさせてやってくれませんか」
村長は沈痛な面持ちでそう言う。それに頷きわしは歩を進める。
そうじゃな、先ずは症状、状態を鎮静させる魔法を使おう。
わしは村長が退いてくれた椅子に腰を下ろし、ジェニ君に手をかざす。
するとジェニ君はわしの方に目を向け、精一杯の笑顔を見せながら口を開いた。
「どうか、ひと、思いに、お願い、します……ゴホッ、ゴホッ」
ん? なんか勘違いしておらぬか?
そう思い、わしは村長の方に顔を向ける。やはり村長も思い詰めた顔をしている。
これはあれだ、わしがジェニ君を安楽死させると思われとる。
だが、ここでわしが治す為に来たんじゃよとは言えない。
何故なら《状態鎮静》の魔法はまだしも、ジェニ君の病名も知らない上に、その病に効く魔法すら行使できるか分からないからだ。
……考えている間にジェニ君は苦しんでいる。先ずは《状態鎮静》の魔法を使ってから病名を判断しよう。
「《
光属性、治癒魔法の一種であり準中級魔法に分類される《状態鎮静》。
これは対象に蔓延る病魔、精神状態を一時的に安定・収まらせ、対象を安らかにさせる魔法だ。
だがそれは、相手の精神状態・病気の重さによって効果時間が変わってくる。
ジェニ君の場合、およそ一時間しか効果は続かないだろう。
わしはその間にジェニ君の病を突き止めなければいけない。
……そういえば、村長は息子の病の名前を知っているのではないだろうか。
そう思い問うと、村長は苦々しい顔で頭を振った。
「村に来てくれる医者は居なかったんだ……。そもそも私は村に医者を呼べるほど裕福じゃなかったんだ。ジェニファー、本当にすまない」
村長はそう言ってポロポロと涙をこぼし始めた。
確かにこの村に一人の患者を救うために来る医者なんて中々いないだろう。それに来てくれる医者が居たとしても、診察代、治療代、出張代が払えなければ医者は渋い顔で断るだろう。
気が付けば、ロズ達の姿が部屋になかった。村長が部屋の外に出しておいてくれたのだろう。
「そういえば、ジェニファーの腕や背中に紫色の斑点がある……。これは病気と関係あるはずだ。リドルさん」
涙を拭い鼻をすすった村長がそう教えてくれる。
もっと早く言ってほしかったのう。
わしの知っている知識に一つ似たような病があった。
その名も『黄斑魔力症』。
初期症状は身体中に黄色い斑点ができ、日々倦怠感が増していく。そして個人差はあるが大体二〇日程経つと、足のつま先から壊死していくという病だ。
この病の怖いところは、壊死してしまった箇所を切除してもまた他の箇所から壊死が始まるという点。
初期症状の段階で飲み薬、または初級治癒ポーションを毎日飲めば徐々に治っていくが、末期症状まで行くと上級治癒ポーションで病の進行と治癒効果が拮抗。超級治癒ポーションで一発完治だ。
だがわしは超級治癒ポーションなんて高価な物は持っておらん。
それに、ジェニ君の病は紫色の斑点だ。紫色の斑点の病なんて聞いた事もない。亜種の病か?
どうすれば……
わしは「少し失礼するよ」とジェニ君の袖を捲る。
するとそこには、失礼かもしれないが恐ろしい程の数の紫斑点があった。
わしは思わず食い入るように見てしまう。
なんだ? 両目がじんわりと熱い。
そう思った瞬間。
【個体名:ジェニファーの壊死部位を復元、及び『黄斑魔力症』『魔力暴走』『気管支喘息』を治療しますか? YES/NO】
わしの目の前にそんな文字が書かれたウィンドウが出現したのだった。
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