第16話 じいさん、襲われる

 わしとアリスは大通りを歩く。

 アリスは冒険者ギルドに用事があるとかで、途中まで道が同じだ。


「そういえば、師匠はどうしてこの街にいるんです?

 故郷の村に帰るとか言ってませんでしたっけ?」


 アリスが首を傾げながらそう聞いてくる。


 当然の疑問だ。老いぼれジジイが故郷の村からわざわざこの街に来ているなんて、疑問に思わないわけない。


「今日は近所の人と買い出しじゃよ。いつもはその近所の若者にお願いしていたんじゃが、たまにはわしも行きたくなってのう。無理を言って足を運んだだけじゃ」

「そっか、私はまた会えて嬉しい。師匠は嬉しい?」


 アリスは覗き込むように顔をこちらに向けてくる。


「ああ、嬉しいよ。アリスが成長した姿を見れて涙が出そうになったわい」


 わしはそう言いながら手を伸ばし、アリスの頭を撫でる。

 するとアリスは少し恥ずかしそうにしつつも、拒むことなく口元を緩ませた。


 わしはアリスの狐耳に目を向ける。そこはアリスの感情が現れる最たる場所だ。

 今、耳がぴょこぴょこしているのできっと嬉しがっているのだろう。


 しばらく撫でながら歩くと、不意にアリスはわしから離れた。


「私は冒険者ギルドに用事があるからこっち。名残惜しいけどまたね、師匠!」


 アリスはそうして控えめに手を振ると、駆け足でその場を離れていった。


 さて、アリスはギルドに行ったし、わしも早めに宿に戻ろうかね。

 ロタももしかしたら早く帰ってきているかもしれない。


 わしはそう思い、ショートカットの為に路地に入る。


 ネズミが数匹うろついているのが視界の端に映った。不衛生な路地だな。

 そこら辺にゴミ箱がある事から、その中にあるであろう生ごみにネズミたちが集っていたのが容易に想像できる。


 少し歩を進めると、【気配感知】数人の敵意ある気配を捉えた。

 わしは思わず足を止める。


 すると背後、前方から三人ずつわしの退路を塞ぐように体格のいい男たちが立ち塞がった。

 注意深く見ると彼らは大小問わず何かしら武器を持っているようだ。

 わしを襲うつもりだろうか? おぉ、怖い。


「おいおい爺さん、一人でこんな路地来ちゃだめだろぉ~? 俺達みたいなゴロツキに襲われちまうぜぇ?」


 下賤な笑い声が聞こえてくる。


 はい、確定。わしを襲うつもりの様です。

 こんなしょぼくれたジジイを襲って何になるというのか。


 そう不思議に思いながら恐々としていると、無視されたとでも思ったのか話しかけていたリーダー格っぽい男が額に青筋を立て、ショートソードを向けてくる。

 そして何か口をパクパクと動かした。


 ――は、な、て……?


 瞬間、右肩にチリチリとした感覚を覚える。

 それは何かと考える前にわしは身を捩った。


 すると真横を矢が飛んでいった。


 久しぶりの感覚じゃ。戦場や魔物との戦いで数回感じた何か予感じみた危機察知。

 わしの勘は廃れていないという証拠。

 久しぶりに血が滾る思いじゃわい。


 そう思った時、頭の中でリンという綺麗な鈴っぽい音が響いた。


 ほう、この音はスキル習得の音。この歳になってもまだスキルを習得することができるとは。


「へぇ。B級冒険者ってのは嘘じゃないみたいだな!

 だがB級とは言えど、その様子じゃ魔導師だろう? 

 この数の冒険者を相手にして勝てると思うか? 

 ふっ……いいか? 俺達も穏便に済ませたいんだ、金目の物を地面において行け。そうすれば命までは取らねぇ」


 卑下た笑みを浮かべながらそう宣うリーダーっぽい男。


「すまんが……わしは今生憎手持ちがなくてのう」


 わしは少しトーンを下げてそういう。

 するとリーダーっぽい男の右後ろにいた男が、一歩前に踏み出し青筋を立てて口を開く。


「嘘つけやッ! ジジイ!

 お前が【収納】スキル持ちなのは知ってるんだよ! さっさと出しやがれッ!」


 そう言って男は横の壁に拳を叩きつける。すると少し亀裂が入ったのが見えた。

 そしてリーダっぽい男がぶち切れ男を宥めている。


 おうおう怪力じゃなぁ。あのリーダの男は苦労人っぽいのう。


 それにしてもわしが【収納】持ち、そしてB級冒険者だと知っているという事は、つけていたか冒険者ギルドであの時居合わせていた可能性がある。

 面倒なことじゃ。見た感じこやつらは殺しに手馴れている雰囲気を感じる。粗方、盗賊ギルドか犯罪ギルドの所属か。


 宥め終わったのか、リーダーの男がわしに向かって話しかけてくる。


「そういうことだ。わかったなら、さっさと金目の物を出すんだな」

「嫌じゃ」

「そうか、死ね」


 リーダーの男がきつく睨んでくる。

 恐らく【威圧】を使っているのだろうが、わしの【威圧】レベルの方が高いお陰でレジストできている。


 瞬間、男たちが武器を構えわしに向かって駆けてくる。リーダーの男は高みの見物か。煩わしい。


「そこを退け


 わしがそう言い放つと、辺りの空気が吹き荒れ悲鳴を上げるようにビリビリと震えた。


 こちらに駆けて来ていた男達がバタバタと倒れていく。気を失ったのだ。


 レベル一〇級の全方位【威圧】だ。ビッグマンティスに使ったものよりも五レベも高い。


 しかし……まだ二人ほど気配があるようじゃな。


「な、なんだ今のはっ!?」


 気絶した男たちに向けていた視線を声がした方向に戻す。

 そこには膝から崩れ落ちて蟀谷こめかみから汗を垂らし、息も絶え絶えで苦しそうなリーダーの男とぶち切れ男が怯えた目でこちらを伺っている姿があった。


「ほう、気絶しておらぬとはな。つまりお主らの【威圧】のレベルは六、七くらいかの?」

「……っ!?」

「どうやら図星の様じゃな」


 わしは不敵にニヤリと笑う。


「ひっ!」


 【威圧】のレジスト条件は、相手の放った【威圧】のレベルと自分のレベルが同じかそれ以上であること。また、【異常状態耐性】スキルを持っている事である。

 そして【威圧】のレベルが、相手より5レベル低い場合だと気絶する。

 相手より4、3レベル低い場合は部位麻痺に留まる。


 それ故、気絶した四人は【威圧】のスキルを持っていないか、もしくはレベルが低いのだろう。

 こやつらは部位麻痺のようなので、七、六レベ確定だ。


 さて、やっと少しはまともに会話できる状態になっただろう。

 少し話をしてみよう。

 話し終わったら気絶させて衛兵に引き渡しじゃな。


「お主ら、誰かに雇われてわしを襲ったのかの?

 しっかり答えなければ意識を奪う」


 ま、答えても意識は奪うんじゃがな。

 そして誰かに雇われてわしを襲ったなら、今後も襲われる可能性がある。それにロタを巻き込まない為にも今のうちに知っておく必要がある。


「いや、違う! 俺達は冒険者ギルドで爺さんを見かけて、それで……B級だと知って、それなら金目の物を持っているだろうって襲う算段をつけたんだ!」


 リーダーの男は大きく手振り身振りしながらそう教えてくれる。

 ふむ、全て信じるわけじゃないが雇われたって訳じゃなさそうじゃ。

 そして、やはり冒険者ギルドでか。前置きを言わずして受付嬢にカードを渡したことが悔やまれる。


 それにしても随分必死じゃなぁ……そんなに衛兵に突き出されたくないのかの? 何か衛兵に突き出されたくない理由があるのかもしれん。

 余罪があるとか。


「そうか……分かった」


 取り敢えず、衛兵に突き出してみるかの。


 わしは男二人にゆっくりとした足取りで近付く。

 すると何かされると思って焦ったのか、男二人は尻餅を着いた状態で後ずさる。


「な、な、なにをするつもりだ!」

「威勢だけは良いのう。安心せい、命は奪わん」


 わしはそう言い、男二人に向けて手を向ける。


 世界樹の根元、深い樹海に漂いし何人も眠らせる清浄なる霧よ。水の精霊の力を借りて、再現す——。


「っっ!」


 声にならない悲鳴を上げるリーダーの男。そしてわしは心内詠唱を終え、その魔法名を告げる。


「——《眠りの霧スリープ・ミスト》」


 手の先から霧が噴き出す。

 思わず手を眼前に構える男たちじゃが、そんな行動は無駄じゃった。


 男二人、なすすべなく霧を吸い込み、力が抜けたかのように地面に倒れた。

 

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