第15話 じいさん、壺を買う

「……という事でわしはあの筒が欲しいのじゃ」

「なるほどのう。何故スモールスライムばかり倒して粘液を集めているのかは知らぬが、お主の事じゃ、何か重要な目的があるのじゃろう」


 リアーノは目を瞑って頻りに頷く。


 いえ、粘液を集めることにそこまで重大な目的はありません。


 わしは自分が不老不死になったことを話さなかった。

 不老不死というものは生者の冒涜、魂の冒涜。教会に知れたら異端審問官がすっ飛んでくる案件だ。


 あのバリオという名の神に与えられた力だというのに、その神々を信仰する信者にから隠れて過ごす羽目になるとは、なんという皮肉か。


 わしが今ここでリアーノとアリスに話したとする。そうすれば、この二人は間違いなくわしを庇おうとするじゃろう。そんな枷を二人に背負わせたくはない。

 友人や弟子に隠し事をするということはなるべくしたくなかったが、仕方ないだろう。


「それで、筒は売っとるかの? 在庫全て買いたいのじゃが……」


 わしがそう言うとリアーノは視線を落とした。


「すまん、あれはもう作ってないんじゃ」

「そうか……じゃったら明日までに何本か作ることは可能かの?」

「それも難しいのう。工具を壊してからというもの、作っておらんのじゃ」


 わし達の間に沈黙が流れる。


 工具がないから作っていなかったのか。どの工具かに寄るが、【収納】の中にある物で代用できるかもしれない。

 そう思い、リアーノに声を掛けようとすると、不意にリアーノはがばっと顔を上げた。


「そうじゃ、あれがあった!」


 リアーノがそう言って立ち上がるものだから、わしは驚いて脈が速くなる。


 わしは胸を抑えてリアーノが部屋を去っていくのを見送った。


「師匠! だ、大丈夫!?」


 アリスがわしの背中をさすってくれた。

 アリスは優しいのう。動悸も相まって涙が出て来そうだ。


 二分くらい経って動悸がだんだんと収まってきた。


 ふぅ、軽く死ぬかと思ったわい。

 動悸が収まっていくのを感じながらわしはそう思った。


 丁度そこにリアーノが戻ってきた。そして何やら片手に小さい壺を持っている。

 そしてその壺をテーブルに置くなり、ドカッと椅子に座った。


「筒はねぇが、これならあるぞ」


 そう言ってリアーノは壺をこちらに押してくる。

 手に取ってみろという事だろう。


 手に持ってみると、随分軽い壺だという事が分かった。大きさは大体、高さ二〇センチ、縦一五センチ、横一二センチだ。それに底が見えない。不思議な壺だ。

 そんなわしの表情を読んだのだろう。リアーノはニヤリとして口を開いた。


「これは一種の魔道具じゃ。液体しか入らん不良品じゃが、液体は一〇〇〇Lまで入る。お主の要望に沿ったものじゃと思わぬか?」


 【鑑定】スキル持ちのリアーノの言う事だ。確かにそれほど入るのだろう。

 しかし、それほどの魔法道具ならば相当お高いのではないかと推測する。


「確かにそうじゃが……この魔法道具は如何ほどするんじゃ?」

「銀貨一枚じゃな」

「安っす!」


 余りにも安い値段にわしは大声を出した。

 普通、魔法道具や魔法が付与された武具魔導具は銀貨五枚は下らない。それなのにこの魔法道具は銀貨一枚だと? 何かの間違いなのではないか?


 そんなわしの顔を見てまた言いたいことを読んだのか、リアーノは口を開く。


「だから言ったじゃろ、この魔道具は不良品じゃと」

「いや、不良品じゃとしてもそれは安すぎやしないかの?」


 わしがそう言うとリアーノは肩を竦める。


「ま、その疑問は分かるのう。わしとて、店でこれほど安い魔道具を見つけたら絶対買わぬわ」


 そう言って豪快に笑うリアーノ。そしてスッと真面目な顔になる。


 買わぬというのは、他の店でここまで安い魔道具となると呪いが宿っていたり、何かしらの曰くが付いていたりするからだ。

 わしはリアーノを信頼しているのでさほど疑いはしないが、他の店ならば勧められても無視するな。


「この魔道具はの、先に言った通り液体しか入らぬ壺じゃ。

 構想時は何でも入る重量制限ありのモノを作る予定じゃったが、出来た時には何の不具合か液体しか入らぬ壺になっていたのじゃ。

 原因は突き止めたが、この壺はもう治らなくての。

 蔵の中に死蔵していたという訳よ」

「なるほどのう」


 そう言う理由であれば、ここまで安いのは頷ける。

 だが、これはこれとして結構需要があるのではないだろうか。


 それを問うと、リアーノは怪訝な顔をする。

 理解してないのか。


「この壺、一〇〇〇Lも入るのじゃったら、飲み水やポーション、錬成素材の血なども入れれよう? じゃからそれなりに需要はあるのではないか?」


 そう言うと納得したようにリアーノは頷く。


「じゃが、わしに二言は無い。

 リドル、お前さんにはこれが必要なんじゃろうて」


 リアーノはわしの目を真っ直ぐ見てそう言ってくる。


 ま、そこまで言うなら買うが……リアーノが後悔しないか心配だ。後から返せとかいう性質じゃないから大丈夫か。


 わしはそう思い、ポケットの麻袋から銀貨を一枚取り出してリアーノに渡す。


 するとリアーノはニッと笑った。


「商談成立じゃな」


 そう言い例の壺をこちらへ押しやってくる。


「壺の中に液体を入れる方法はの、その入れたい液体に壺を近づけたらスッと入っていく。これだけ覚えとけ」

「分かった」


 わしは頷き壺を受け取る。

 にしても大分大雑把な説明だな。


「用事は終わったかの? 久しぶりの再会じゃし、一緒に酒でもどうじゃ?」


 リアーノはジョッキを呷るジェスチャーをしてそういう。


「あー、すまん。わしもうそろそろ宿に帰らねばいかんくてのう。また今度でええかの?」


 リアーノは少ししょんぼりした感じで「ああ、そうか」と肩を落とす。

 だが次の瞬間にはそんな雰囲気は消えていた。


「次はいつわしの店に来るんじゃ?」

「そうじゃなぁ……一、二週間後かのう……」

「あい分かった」


 わしたちはそんな短いやり取りをして、アリスと共に店を出たのだった。




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