第14話 じいさん、再会する

 ロタは狩りに行ってしまったし……わし、とても暇。

 わしは自分のベットに座り込み、ため息を吐いた。


「そうじゃ、筒を買わねばいかんのじゃった」


 すっかり頭から抜け落ちていた用事を思い出す。


 あの筒は約五年前行きつけだった雑貨屋兼、魔道具屋の『ベルンの歯車』で買っていた。

 店主はリアーノという男のドワーフだった。


 この街では珍しいドワーフ。精霊人種の一種だとされていて、その寿命は千年にも及ぶらしい。

 リアーノは既に成人を越えていて、一二〇歳近くだと話していたのを思い出せる。


 今も元気で店をやっていると良いのじゃが……。


 ま、取り敢えず暇をつぶす用事が出来た。ベルンの歯車に行ってみようかの。


 わしはベットから腰を上げ、杖を握りしめて部屋を出て行く。

 フロントに着くと、ドミクが定位置――フロント入り口――で構えているのが見えた。


 あれは……クビにならなかったのか? それともクビになった逆恨みでわしを出待ちしているとかかの?


 魔力が惜しいが、万が一の為に自分に《身体強化魔法〈3〉》を掛けておく。


 するとドミクがこっちを見た。

 冷や汗が噴き出る。


 恐らくドミクは【魔力探知】も持っているのだろう。まるで遺跡のゴーレムのような首の挙動でこちらを見てきた。


 数秒離れた距離で視線を合わせる。するとドミクはゆっくりと優雅な動作でドミクが会釈をした。


 ……意外だ、誠実な気配を感じる。

 まるで人が変わったようだ、やればできるんだな、ドミクは。

 

 そもそも、ハームさんにクビを言い渡されたとしたら、ハームさんがドミクの出待ちを許すはずがない。

 そう考えるとドミクは大丈夫だろう。


 わしの勘もドミクは大丈夫だと言っているので、そのまま通り過ぎようと思う。


 平然を装いドミクの前を通り過ぎる。

 通り過ぎる直前、ドミクはわしに向かって敬礼をしたのだった。




 《身体強化魔法》のせいで街を歩く人々よりもわしの歩く速度が速い。

 周りからして見れば、機敏に動く奇妙なジジイにしか見えないだろう。


 ゆったりと走るように見える馬車の横を、機敏ジジイが失礼してそのまま広場を抜ける。


 ここから北西の道を歩くと、左手に歯車の看板が見えてくるはずだ。

 まだ店があればの話じゃが。


 そんなことを考えていると、ほどなくして歯車の看板が見えてきた。


 おぉ、よかった。未だに店の雰囲気は健在か。


 古臭い建物に似つかわしくない、綺麗なガラス窓。そして木製の入店扉にはツタのような華美な装飾が彫られている。


 わしはその扉を見て懐かしむように目を細め、目頭を揉んだ。


 街に思い出があった店は殆ど潰れているものかと思っていたが、そんなことは無かった。ハームさんの『天女の羽休め』という宿といい、この『ベルンの歯車』といい、残ってくれていてわしは感涙の思いだ。


 目から涙を漏らすまいと目頭を揉んでいると、ギィ……と音を立てて木製の扉が開いた。


 扉の前に立っていたので、開いた扉にぶつからないように横に避ける。


「アリス! すぐに魔道具壊してくるなよ? わしは忙しいんじゃからな!」

「忙しいって、それ趣味の研究に没頭しているだけでしょ! ちゃんと仕事して!!」


 開いた扉の先からそんな喧嘩腰の会話が聞こえてくる。

 

 現れたのは狐色の髪に澄んだ黄緑色の目の狐の獣人。そしてドワーフのリアーノ。


 なんでじゃ……一気に懐かしい顔が出てくると前がぼやけていかん。


「師匠……?」「お前、リドルかっ?」


 わしの姿を見つけたのか、二人が驚愕に染まった声色で声を掛けてきた。




 わしは店内に招き入れられ、奥の居住用の屋内に入った。

 そこの一室の椅子に腰を掛けて【収納】からハンカチを取りだし、涙を拭う。


「まさか師匠とまた会えるなんて……」

「わしも同じ気持ちじゃよ。アリス、今まで元気に過ごしておったか?」

「うん! あれから私も結構強くなったんだよ? 師匠にはまだまだ敵わないと思うけど……」


 アリス――五年前の狐色の髪の少女が、わしに向かって満面の笑みで握りこぶしを作って見せる。

 あの日見た瘦せこけた少女の姿は見る影もない。今ではこんなに身長も伸ばし、別嬪さんになっておる。


 というか、アリスはまだこの街に留まっておったんじゃな。


 それにしてもアリスは少しわしの事を買いかぶり過ぎている。わしは恐らくアリスが頭の中で思い描いているほど強くはない。それに今は状態:老衰、死に際でステータスもこの有様じゃ。


 それに比べてアリスは間違いなく強くなった。わしの【気配感知】がアリスの強大過ぎる気配を感知している。

 この気配の強さは間違いなく、爵位持ちの魔族に匹敵するだろう。


 わしは爵位持ちの魔族を戦時に何体も倒しているが、そのどれよりもアリスの気配の方が強い。

 ……とてつもない弟子を持ったものじゃのう。


「リドルよ、お主はもうとっくに死んでおると思っておったわい。がっはっは」


 横からリアーノがめちゃ失礼な事を言ってくる。随分と豪快な笑いだ。

 わしはその気兼ねの無い言葉に少し安心を覚えた。

 だが、リアーノが失礼なのは確かなので、ジトっとした視線を送っておく。


「リアーノぉ……?」


 横に座っているアリスが怒気を孕んだ声でリアーノを睨んだ。


「わははは、すまんかったのう。……ふっ」


 リアーノはアリスをいじれて満足げに大爆笑だ。


「私の師匠に向かってその態度はなに!? 今度失礼なこと言ったら引っ叩くからね!」

「いやいや、暴力はいかんじゃろ」

「それもそうね……じゃなくって!」


 それにしてもアリスは気の強い女性に育ったなぁ。

 リアーノは……相変わらずか。


 昔、この二人が初めて顔を合わせた時は、アリスが人見知りを発動し、リアーノはそっけない態度をとっていたっけ。


「ねぇ、師匠もなんか言ってやってよ!」


 リアーノと取っ組み合いまでに発展していたアリスがこっちを向いて、不満げにそう言ってくる。


 というか、アリスと取っ組み合いできる時点で、リアーノも結構力強くないか?


「そうは言われてもな……昔からリアーノはこんなんだしのう」

「ふはは、リドルはよくわかっておるわい。流石わしのマブダチ」


 ええー? いつの間にマブダチになってたのか。まぁ、悪い気はしないのでいいのだが。

 それよりもそろそろ喧嘩を止めようか。筒も買いたいしのう。


「二人とも、そろそろ喧嘩はやめないか。アリス、リアーノがこんな態度なのはいつものことじゃ。もっと心を広く持て」

「……師匠がそう言うなら」


 アリスは狐耳を少し伏せて、とぼとぼと席に着く。


「リアーノは親しき中にも礼儀あり。という言葉を知らぬのか? 言って良い事と悪いことがある」

「……おう」


 こっちもしゅんとしてわしの対面の席に着いた。


 少し重い雰囲気になってしまったが、雰囲気を変えようとわしは筒の件を話始めた。

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