第12話 じいさん、高級宿に泊まる

「おぉおおおお!? すげぇええええ!!!」


 ロタは部屋に着くなり、内装を見て雄叫びを上げる。


「他の宿泊客の迷惑になるから叫ぶのはやめろ」


 そう言ってわしはロタをギロリと睨むと、しゅんとしたロタがわしに向き直って口を開く。


「あ……すまねえ」

「分かればいい」


 素直なのは良いことじゃ。


 それにしても豪華な部屋じゃ。質のよさそうなベットに、豪華な壁の装飾。以前泊まっていた時よりも部屋の華美さが上がっている気がする。

 しかしこの宿、宿泊代が高くなったのう。以前は一泊二日一人、大体大銅貨四枚だったか。今は一泊二日一人、大銅貨七枚だった。


 因みに一般的な宿は確か、黄銅貨で泊まれる所もあるはずじゃ。それを考えてみると、ここは相当な高級宿だと分かる。


 ま、高くなっただけあって宿の仕様が色々と変わったみたいだしの。

 それらはあらかじめ受付の男に聞いておいた。


「ロタ、部屋の湯風呂を見てみんか?」

「え!? この部屋に風呂なんてあるのか!?」

「ああ、あるぞ」


 ロタの驚きも分かる。村では風呂といっても水風呂が精々じゃった。

 魔法で水を温めようものなら、ふんだんに魔力が必要じゃ。それほどの魔力を持った人間は村に居らなんだ。


 薪で温めようなんてことはあり得なかった。薪が勿体ないという考えが村人の意識の中にあったのじゃ。

 村人にとって薪は村人の中で力ある者達が森に向かい、木を伐採して村に持ち帰って、そこから年月をかけて乾かし使い物にする貴重な物。


 村の周辺で木が生えている場所は近くのチツドの森。そこは魔物が良く出る森じゃ。

 そこで薪を取ってくるという行為は命を懸ける事と同義。

 故に村では薪が非常に価値あるものとされている。


 それに年に十数回来る行商人の売り物の中には、薪が少ししかない。それもお高い値段で販売してくれる。


 以前何故こんなにも高いのか行商人に聞いてみた事がある。


 理由は簡単だった。『薪が重いから、場所を取るから』だそうだ。


 そうりゃそうだ。こんな辺鄙な村まで薪を大量に持ってくる商人などおらん。

 間違いなく荷馬車の馬を潰しかねない。

 それに、ロベール村を相手に商売する商人ならば、一回の行商でいくつかの村を回るはずだ。それなら薪よりも食料の方が売れる。

 

「爺さん、どうした? 固まって」

「ああ、すまん。考えに浸り過ぎた」


 最近、熟考することが多いのう。これも【不老不死】の所為だろうか?

 いや、それより風呂を見よう。


 わしは部屋にある二つのドアの内一つのドアを開け、覗き込むようにして中の魔導ランプを点ける。


 そこには洗面所と風呂場の扉があった。


「おお……?」


 ロタが見るからに微妙な反応している。

 ま、それはそうじゃろう。風呂場の戸は閉まっていて見えないからのう。


 まず洗面所の蛇口を捻ってみる。

 するとそこそこの勢いで水が出てきた。


「なんだ!? 水が出てきたぞ!!」


 ロタが興奮気味にそういう。

 そうか、ロタは蛇口という物を知らないのか。

 よし、少し教えてやろう。


「ロタ、これは魔導蛇口と言ってな? これを捻ると水が出てくる。確か勇者か天使が齎した技術であり、それを基にした魔法道具じゃ」

「へぇ~!」


 絶対理解してないじゃろ。いや、流石に捻ると水が出てくるくらいは理解したかの?


 ロタはひたすら蛇口を捻り、水を出したり止めたりしている。そして水を手ですくい飲んでみている。


「ん!? 村の井戸の水よりうめぇぞコレ!!」


 え……ロタに水の味とか分かるのか? わしは分からん。

 なんか負けた気分になりました。


 まぁ確かに魔法や魔導具といった物から、魔力や魔素によって生み出す水は間違いなく混じりっけの無い物だろう。井戸水だと微生物などの何かしらの混じりっけがあるだろうことは想像に難くない。

 そこに味の変化があるのだろう。


「ロタ、次は風呂場を見よう」

「おう」


 わしは風呂場の戸を開けて、壁に寄りかかりつつ中を覗き込む。

 中にも魔導ランプがあり、それを点ける。


 中は意外にも広かった。

 大体ロタが寝転がった状態で縦に二人、横に三人くらいのスペースがある。

 天井までの高さは1.5人分か。

 因みにロタの身長は以前教えてもらった時のを思い出すと、188cmあった筈だ。


 風呂場内の壁は白で統一されていて、シャワーヘッドの横には大きめの鏡が付いている。

 以前この宿に泊まっていた時は鏡なんてなかったはずだ。改装した時にでも鏡を取り付けたのだろうか。


 鏡は基本金持ちの家や邸宅、貴族の館などにしかない。手鏡ならば幾分か安くなるが、買える庶民は中々いないだろう。


 ふとロタを見ると、鏡に映った自分を見て固まっている。

 取り敢えずほっといて、お湯が出るかを試しておく。


 うん、問題なく出るようじゃ。


 振り返るとロタはその場からいなくなっていた。興味が無くなったのだろう。

 洗面所から出ると、ロタがベットに置いてあった魔剣を腰に差し、リュックサックを背負ってこちらに歩いてくる。厳密にいえばわしの背後にある部屋の扉へか。


「ちょっと草原に狩りに行ってくるぜ。日が落ちるまでには帰る」


 ロタはそう言って部屋の扉へと歩く。


 今の時間は恐らく十六時くらいか。日が落ちるまで三時間ほどしかなないが、果たしてそれで狩りの成果が出るのだろうか?


「気をつけてな」

「おう」


 ロタは振り返らず手をひらひらと振りながら、扉の向こうに行った。


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