第11話 じいさん、難癖付けられる

「なぁ、爺さん。一体どんな宿に泊まるんだ?」


 わし達は串焼きを食べ終えると、宿を目指して街中を歩いていた。

 そんな時、ロタは今晩泊まる宿が気になったのか問うてくる。


「そうじゃなぁ……よし、わしがこの街に滞在していた時に泊まっていた宿に泊まろう。当時は中々料理も美味く、綺麗な宿じゃった。今はどうか知らぬが」

「期待してていいか?」

「ふむ、何せ年月が経っておるからな。そこそこの期待で頼む」

「難しいこと言うなぁ……」


 ロタはそう呟いて口を閉じる。


 実際ここに滞在していた時から約十年の月日が経っている為、宿が老朽化している可能性がある。わしも期待半分な感じじゃ。


 それにこうしてみると街並みも大分変ったのう。あそこのパン屋は改装したのか綺麗になっておるし、あそこの雑貨屋は潰れておる。


 そうこうして、今の街並みと記憶に合った街並みを照らし合わせていると直ぐに目的の宿に着いた。


「おぉぉぉ! すげぇ綺麗じゃん!! 本当にこんな所に泊まって良いのかよ!? 爺さん!」


 わしらが見上げている宿は、なんなら昔より綺麗になっていた。ここも改装でもしたのだろうか。

 清潔感をモチーフとしたと分かるほどの、白々な壁。それに屋根やその他外観の意匠が凝っている。

 

 一言で言うと圧倒的な高級感。


 それにわしらは圧倒されていた。


「まぁ待て。まずは部屋が空いているかどうかじゃ」

「おう」


 わしらは高級そうな扉を開け、フロントへ足を踏み入れる。

 その足で受付に向かった。


 すると目の前にプレートアーマーを纏った男が立ちはだかった。

 明らかに面倒事の気配がする。


「おいあんた、ここはあんたみたいな貧民が来るような宿じゃない。さっさと出ていけ」


 騎士風の男は【威圧】を放ちながらそう言ってくる。

 そのせいで背後のロタが【威圧】の効果によって委縮したのが気配で伝わってきた。


 受付カウンターの方を見ると受話器を持ち上げ、どこかに連絡している男の使用人がいた。

 この街の衛兵に連絡されたらより厄介だが……さてどうする。

 取り敢えず黙るのは良くない。何か返事を返すか。


「お主、客に対してその態度はどうかと思うがのう」

「ハッ、お前らみたいな貧民は客ですらねぇって言ってんのが分からねぇのか?」


 より一層【威圧】を強めてくる騎士風の男。

 ちらっと後ろを見ると、ロタの足が震えているのが見えた。


 こんなんで怯えておったら一般兵にすらぼこぼこにされるぞ、ロタよ。


 前に向き直ると騎士風の男は若干動揺している気配を滲ませていた。

 これはあれか、自分の【威圧】が効いていない事に気付いた感じか。


「お主は服装だけで人を判断するのかのう? それにこんなロビーで【威圧】を使うとはお主、頭が弱いのう」


 わしは穏やかな表情で言ってのける。


「……このジジイ……!!」


 騎士風の男が腰の剣に手を掛けた。

 こやつ、殺る気か!?


「おやめなさい!」


 ロビーに張りのある男の声が響いた。

 聞き覚えのある懐かしい声だった。


 騎士風の男の動きが止まる。

 そしてわしは騎士風の男から目を放し、声がした方向に目を向けた。


 その方には中肉中背で初老の印象受ける、白髪と黒髪の混ざった髪をした男が階段を駆け下りて来ていた。


「ハームさん!」「支配人!」


 わしと騎士風の男の声が被った。

 そして騎士風の男はバッと振り向いてわしとハームさんを見比べる。


 わしの目線の先に居たのはこの宿の支配人、ハームさん。五年前と変わらずここの支配人をやっていたようだ。

 問題は彼がわしを覚えておるかどうかなのじゃが――。


「失礼しました、リドル様。うちのドミクがとんだ失礼を……」


 そう言ってハームさんは頭を深々と下げる。

 この調子だと覚えていそうじゃな。


「頭を上げておくれ、ハームさん。

 よく止めてくれたのう。あのままではわし、死んでいたかもしれんからのう」


 ハームさんが頭を上げるとそこには申し訳なさそうな笑みが浮かんでいた。


「はは、お戯れを。貴方様が本気を出せば、ドミクなど一撃で屠れるでしょう?」


 ハームさんはそう言って再度笑う。

 ドミクと呼ばれた騎士風の男は、「マジで!?」という顔をしてこっちを見ている。

 

 随分買いかぶられているようだ。

 わしの持ち武器ではこの鎧を破るのは不可能。それは武技を使っても同じだ。

 魔法であれば破れない事もないが、これを破るほどなら詠唱が必要だ。

 もし詠唱を始めたとしても直ぐに首を刎ねられて終わりだろう。


 それはそれとして、ハームさんはわしのこと覚えてくれていたようじゃ。


「それはどうじゃろうな」


 わしは曖昧な返事をする。


「……ドミク君、君はまずお二方に謝罪なさい。

 そして御許しを貰えたら私の部屋に来なさい。話があります」


 そう言ってハームさんはわしらに向かって一礼し、その場を離れて階段を上っていった。


 わしはドミクの方に顔を向ける。

 ドミクはハームさんがいなくなった方向を見て放心していた。


 そう言えばロタは大丈夫じゃろうか。

 そう思い振り返る。


 するとそこには膝をついたロタが呆然とし、ドミクの方を見ていた。


「おーい、ロタ? 大丈夫か?」


 そう言いながらロタの目の前で手をひらひらさせていると、やっと瞬きをしたロタが立ち上がった。

 すると目の奥をメラメラ燃やしながら口を開く。


「……俺、この騎士さんを越えられるほど強くなりたい……!!」


 ドミクを前に動けなかったことが悔しいのだろうか? そう言って握りこぶしを作っている。

 ロタよ、その気持ちをバネに是非とも頑張って欲しい。


「お、おぉ、頑張れ?」

「ああ!」


 ロタは胸の前に拳を作って頷いた。

 そして視線を動かし、何故か顔を引き締める。

 わしはその視線の先を見る為に振り返った。


 するとそこにはドミクであろう、兜を脱いだ騎士が奇麗に土下座をしていた。

 苛烈を極めたような赤い髪が兜を外したことで露わになっている。

 そんなこやつが土下座をしている事に驚きつつもわしは推測する。


 鎧を着ておるのに土下座する際の音に気付かなかったじゃと? 

 こやつ、さては消音系のスキルも持っておるな? それも相当レベルの高い。前職は斥候か盗賊なのではなかろうか。


「本っ当にすまなかった!! 今後、人を見た目で判断しない事を誓うッ!!」


 ドミクがそう懇願するように頭を地面につける。


 こやつ大層なプライドを持ってそうだと思っておったが、それは違うようじゃな。意外と素直で驚いた。


「どうするんだ? 爺さん?」

「……反省しておるようじゃし、許すとしようかの」

「……本当かっ!?」


 ドミクがそう喜色を滲ませた声色でそう言い、顔を勢いよく上げる。


 わお……こやつ美形じゃん。男性とは思えないくらい長いまつ毛と整った顔立ち。女装したら男と見破れん程の美形じゃ。


「ああ、許す。ハームさんが呼んでおるのじゃろ? 早く行ったらどうじゃ」

「分かった!」


 そう許しを出すと、驚く速さで立ち上がり階段を駆け上っていった。


「…………受付しようかの」

「そうだな」


 わしらは受付カウンターへと足を動かした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る