第10話 じいさん、バレた

◇◆◇◆◇


 現在から約三十年前。


 リドルが所属しているアルビア王国軍第三大隊は、侵攻してきた魔族軍との戦いに派兵されていた。

 この時、リドルは既に中隊長を任され、戦場に立っていた。


 天候はどんよりと暗い暗雲。それはまるでアルビア側の戦況を表している様だった。


 敵味方入り乱れ、死体や体の一部が散乱する凄惨な戦場。

 耳をすませばあちらこちらから命が潰える間際の断末魔が聞こえてくる。


 そこでリドルは大魔法を放った。


 リドルの得意武器は剣と槍。だが、魔法の扱いも達者だった。


「戦の神々よ、見守っていてください。我々アルビア軍が、我らが祖国に仇名す者共に鉄槌を下す様を」


 リドルの横に立つ神官兵が紅い宝石のネックレスを握りしめ、そう言い放つ。

 リドルは述べ終わったのを横目で確認し、詠唱に入る。


くうの神々よ、御方々が見守る空を汚すのをお許しください。

 魔法の神よ、不遜なる私めにご加護を! 

 ……宙に漂いし精霊たちよ、我が魔力を糧とし大いなる力の顕現を! 

 台地を穿ち、絶望を拡散せよ――混濁災害槍タービディティ・ディザスター・ランス


 リドルが詠唱を終え、仰々しく掲げた腕を下に落とす。だがしかし、数十秒間は何も起きなかった。

 リドルの背後に控えていた副中隊長であるローベールは、発動に失敗したのか? と訝し気な視線を送る。


 瞬間、空の暗雲を突き破り、濁った色の槍がいくつも現れた。

 その槍はまるで隕石が地上に甚大な被害を齎すが如く、魔族の兵を一掃していった。


 しかしその槍の矛先が味方に向くことなく、味方に触れるとその兵に染み込むように溶け、その体力を回復させる槍でもあった。


 これがリドルが戦場の英雄、『天槍戦鬼』と呼ばれる所以となった戦いであった。


◇◆◇◆◇


「そうじゃな。その名前で呼ばれるのはいつぶりじゃろうか」

「やはり……」


 クラウ殿は思案気な顔をして顎に手を置く。

 そしてわしの手に憎々し気に力が入る。


 わしにとってこの異名は一片も誇らしくない——ただの呪いだ。


「お待たせしました~!」


 沈黙がわしらの間に流れた時、それを割って入るように空気を読まない受付嬢が麻袋を持って現れた。

 ある意味この沈黙から助け出してくれたとも言えよう。


 わしはこれ幸いと、そちらに目を向ける。そして毒魔石が入った箱をそっとクラウ殿側に押した。


「では、売却するのじゃ」

「……はい! ではこちら買取代金になります」


 そう言ってクラウ殿は横に控えている受付嬢から、麻袋を受け取り丁寧にわしに向かって差し出してくる。


「ありがとう」


 わしはお礼を言って受け取り【収納】の中に入れて「よっこらしょ」と立ち上がる。そして立て掛けていた杖を持ち、クラウ殿と受付嬢に向けて一度会釈をしてからゆっくり歩き出した。


「またのご来店を心よりお待ちしております」


 背後でクラウ殿がそう言って頭を下げた気配がしたのだった。




 商業ギルドを出たわしは、あちこちにある露店を見回してロタの姿を探す。


 すると串焼き屋台の前に図体の良い身体をした大男を見つけた。

 間違いない、あの大男はロタだ。


 近付くとやはりロタだった。そもそも村衣装を着ているので間違えるはずもないが。


「ロタ、待たせたのう」

「お、爺さん。この串焼きうめぇぞ」


 なんか食っとる。

 それも片手に三本ずつ串焼きを持って貪り食っとる。

 食べ方がきちゃない。


「お、おう。それは何の肉を焼いてもらったんじゃ?」

「あ、これか? 確かリトルピッグとかいう魔物の肉だな」

「ほう」


 そう聞いて屋台に掛けられている看板を見ると、そこには各串焼きの値段が書いてあった。


――――――――――――――――――――

 串屋テンザの値段表!! 

 安い、早い、美味い!! お持ち帰りもあるヨ!!


・ラージラットの串焼き一本 35リペ!

・シンプルコッコの串焼き一本 100リペ! ←店主のオススメ!!

・ハウンドの串焼き一本 55リペ!

・プモの串焼き一本 50リペ!

・リトルピッグの串焼き一本 80リペ!

・シンプルカウの串焼き一本 150リペ! ←当店目玉商品!!


 以上の生肉買い取ってます!!

――――――――――――――――――――


 割とポップなデザインで書いてある。


 そいで、ロタが食べている串焼きは一本青銅貨一枚以上もするようだ。

 わしが良く食べる干し肉約三枚分の値段だ。

 なんと高いのか。買えない事は無いが、そこまでの贅沢はここ数年していなかったように思う。


「爺さん、なんか買ってくか?」


 看板を凝視しながらそんな事を思っていると、屋台の中に居たエプロンを着たガチムチにそう問われた。

 

「む、そうじゃな。……リトルピッグの串焼き二本頼むのじゃ」

「あいよ! 160リペね」


 わしはポケットの中の麻袋から青銅貨三枚と大鉄貨一枚を取り出し、ガチムチの男に渡した。


「まいど!」


 すると引き換えに例の串焼きを渡された。

 注文してから一瞬で焼けとるじゃと? さては魔道具か魔法の類で焼いておるな?

 いや、最初から数本予め焼いていたのかもしれない。 


 ま、それはさておき、久しぶりの串焼き食べてみようかの。


 そう思い、右手に持っていた串焼きに齧り付く。

 

「……! ほへはこれは!!」


 瞬間、齧り付いたせいで出た肉汁とタレの程よいマリアージュが口いっぱいに広がる。そして次にくる肉の味。それが咀嚼するたび、わしの味覚に革命を齎している!!

 

 わしの脳内では肉汁とタレと肉が肩を組んでスキップしている映像が流れていた。


 これはロタが六本も買って貪り食うのも分かるというもの。

 気付けばわしの串から肉が消失していたのだった。


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