第9話 じいさん、商業ギルドで売却する
冒険者ギルドを後にしたわしは、ロタに外の露店付近で見て回るなりして待っていてほしいと告げ、商業ギルドに入った。
入ってすぐ職員がわしの傍に寄ってくるわけでもなく、わしは歩いて窓口へ向かう。
わしが若い頃、王国の王都の商業ギルドに行った時は職員がすっ飛んできたものだがのう。
今のわしは誰がどう見たって薄汚れたローブを着た、何の利益にもならなそうな老人。そりゃ、職員が態々出迎えるはずもない。
ただ、窓口の受付嬢はしっかり教育されているのか、こんなわしに対しても見事な営業スマイルで「いらっしゃいませ」と窓口に設置されている椅子へ手で促してくれる。
冒険者ギルドと比べてしまうが、冒険者ギルドは窓口に椅子が設置されていない、立ち話型だ。それに対して、商業ギルドはカウンターテーブルも低く、椅子が設置されている座して話す型だ。
なんともまぁ足腰の悪い人にやさしい窓口なのでしょう。
素晴らしいのじゃ。うん。
わしが椅子に腰を掛け、杖を仕切りの壁に立て掛けると受付嬢は口を開いた。
「当ギルドカードや冒険者カードなどはございますでしょうか?」
「これじゃ」
わしはまたしてもポケットから冒険者カードを取り出すと受付嬢に渡す。
冒険者ギルドと商業ギルドが提携しているからこそ、冒険者カードが使える。若い頃は提携なんぞしておらんなんだからのう。楽になったもんじゃ。
「し、失礼しました。上級冒険者の方だったのですね。ところで本日はどのようなご用事でございますか?」
受付嬢はカードをカードリーダーに通すと、映った情報を確認したのか目を見開く。
しかし、冒険者ギルドと違って声を上げることなく少し控えめな声量で謝罪した。
おお、ここの職員は本当にちゃんとしている。大声でわしの個人情報を喋らなかったことも、冒険者ギルドと比べ好感が持てる。
「毒魔石を売りに来たのじゃ」
そう言ってわしは【収納】から毒魔石を取り出す。そしてカウンターの上に置いた。
すると受付嬢はカウンターの下から布が底に敷かれたケースを取り出し、毒魔石をその中に置く。
そして「しょ、少々お待ちください!」と言って奥に引っ込んでいった。
すると時間にして20秒ほどで奥から職員らしき男性を伴って、受付嬢が戻ってきた。
「お待たせいたしました」
受付嬢がそう言い、その二人は椅子に座る。
職員の男性は座る前に一礼をしていた。
すると開口一番職員の男がモノクルをくいっと合わせ、箱の中の毒魔石を見入る。
「おお……! 素晴らしい、これは本物の様ですね」
十秒後に職員の男がそう感嘆した。
そして見入る。
わしはその男職員を観察する。
ギルド内にいる男性職員より、制服が上質そうだな。
それにネクタイピンは控えめにプラチナか? 普通の職員ではなさそうだ。
二十秒後、ハッとしたのか職員の男は顔を上げ口を開く。
「申し遅れました。私、ここルー支部の副ギルドマスターをしております、クラウと申します。……以後お見知りおきを」
そう言ってクラウ殿は頭を下げる。
それに対してわしは「わしはリドルじゃ。よろしく頼む」と同じ様に頭を下げる。
やはりか、普通の職員ではなかった。
それにしても副ギルドマスターとは。随分なお偉いさんが出てきたのう。
そんなお偉いさんが出てくるほど、この毒魔石は希少な物ではない筈なのじゃが。
「いやはや、驚きました。丁度当支部の毒魔石のお取り寄せが掛かっている時にお持ち込み頂けるとは……」
「む? この魔石はF級の魔石じゃぞ? このサイズを求めている者がいたと言うのかの?」
流石にクラウ殿の言ってることは中々起こり得る事ではない。
なぜなら、この毒魔石はF級の物。杖や魔道具、装備の素材にするとしたら、ここまで小さなものになると魔法や耐性の威力・効果増強がE級以上の物と比べて劣るからだ。
だから鍛冶屋や魔道具屋は主にE級以下の属性魔石はあまり使わない。
鍛冶屋、魔道具屋は殆どの店が需要のある物――低級向けの安価な装備や魔道具。中級・上級向けの高価かつ高能力な装備や魔道具――しか作っていない。
つまりこのサイズの毒魔石を求めているという事は、オーダーメイドの可能性が高い。しかもそこまでのレベルを持たない――例えば貴族のご子息のような方の為の多少高価かつ、そこそこな性能の装備や魔道具の物。
いや、ここまで考察してどうするんじゃって話だが。
「はい、詳細はお話しできませんが。
……ところで、こちらの毒魔石。買取価格としては大銅貨六枚になります」
「ほう!」
思ってたより高価だった毒魔石。
「ですが! 是非とも我が支部でお売り頂きたいので、価格に少し色を付けさせて頂きます。これでいかがでしょう……?」
そう言ってクラウ殿は人差し指を立てて、わしの目を真っ直ぐ見てくる。
つまりは銀貨一枚でどうかという話だろう。
……ふむ。この支部で売ってほしいというのは本音だろう。
しかしそれにしては、値段を吊り上げすぎている。何か裏があるか?
まあ、だが売ってもいいだろう。
「売ります」
「……! ありがとうございます!! ……ナーヴ、代金を持ってきてください」
「はい、只今!」
婦人が見たら卒倒しそうな笑みを見せたクラウ殿が受付嬢に指示を出し、受付嬢は一度会釈をして駆け足で奥へ引っ込んでいく。
「ところでリドル様、他に何か素材がございましたら是非とも我が商業ギルドにお売り頂けると幸いです。その都度色を付けさせて頂きたいと思っております」
露骨じゃな。何故わしにここまで胡麻をするのじゃろうか。
クラウ殿のわしの眼球を射貫くような眼差しに、わしは息を飲む。
「……っ!」
…………何となく察しがついた気がするのう。
「クラウ殿、まさかじゃが——わしを知っておるのか?」
わしは殺気立った顔をしていたのだろうか、クラウ殿は少し驚いた顔をし、そしてまた笑みを作って言った。
「ははは、存じておりますとも。
……血塗られた英雄に付けられる『戦鬼』という異名。
そしてそれを冠する38名の戦場の英雄達の一人――貴方は『天槍戦鬼』、
リドル様ですよね?」
クラウはそう言った後、深い笑みを作ったのだった。
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