第2話 じいさんとロタ

「……い! ……おい! なぁ爺さん! ……お、やっと起きたか」


 いつものようにわしを起こす声がして、目を開ける。

 するとそこには窓から入ってくる光を完全に遮るほどの大男が立っていた。黒色の髪に緑色の目。そして頬には爪の鋭い魔物にやられたのか、古いひっかき傷がある。

 近所に住む、ロタ君だ。


「なんだロタ。朝っぱらからジジイを叩き起こしよってからに」

「ははは、死んだかと思ったぜ」


 いや、笑い事じゃないんじゃがのう。

 実際わし、今状態:死に際じゃし。


「で、何の用じゃ?」

「いやぁ、爺さんの持ってる明らかに強そうな剣、貸してもらえないかなぁと」


 ロタは少しバツの悪そうな顔で恐る恐る聞いてくる。

 何かと思えば……そういう事か。


「いいぞ」

「流石にだめだよなぁ……ってえ?」

「こんな老体じゃ剣なんか使えんからのう。

 それなのに持っていても宝の持ち腐れじゃし」

「本当か!?」


 ロタは目を輝かせながら前のめりになって聞いてくる。


「ロタは確か、冒険者になりたいんじゃったか?」

「おう! そうだ! ……少し記憶力良くなったか? 爺さん」


 記憶力か……確かに随分前の出来事が鮮明に思い出せる。

 これは【不老不死】の能力の一つなのだろうか。

 まぁ取り敢えず棚上げしておこう。

 

「冒険者は危険な職業じゃぞ? それを分かっておるのか」


 そう問うとロタはいつになく真剣な表情を作る。


「分かっている。死亡率が高い職業だっていう事は分かっているんだ。

 だけど、小さい頃からの夢なんだ。だから……! 

 剣を貸してください。お願いします」


 そう言ってロタは深々と頭を下げた。


 相変わらず言葉が拙いが、熱意と覚悟は良く伝わった。


「分かった。だが、わしの相棒とも言えるこの剣を粗末にしようものなら化けて出てやるからの?」


 わしがそう言うとロタは顔を上げる。その目には強い覚悟が宿っているのが見て分かった。


「ああ、約束する。粗末には絶対使わない」

「よし。それじゃあ、わしを一旦起こしてくれんかの」

「分かった」


 ロタの手を貸り、上体を起こす。そして「よっこらせ」と身体をずらし地面に置いてあるサンダルの上に足を置いた。


「……わしの相棒はA級の魔剣でな? 扱い熟すのは相当難しいと思った方が良いぞ」

「んなっ!? A級!? それに魔剣だって?

 そんな高価な剣をなんでこんな田舎の爺さんが持ってるんだよ……!」


 ロタは目を剥いて中々失礼なことを言ってくる。だが、そう思うのも至極当然じゃろうな。


 A級の魔剣。それは上級魔剣に分類される強力な代物だ。

 剣・魔剣、その他道具や物、魔物など生物にも等級……所謂、危険度やその価値の指標になる等級が存在する。

 それは最低級のGから最上級のZまである。


 魔剣は存在自体がとても希少な上にその中でもA級は上から五番目。国によっては国宝クラスの代物である。


「言ってなかったかの? わしは隣国の軍の中隊長だったんじゃ。まぁ、それでも魔剣を持ってる理由にはならんがの」

「中隊長!? そんなに強かったのかよ……爺さん」

「わしなんかまだまだじゃったよ。

 ……さて、わしの相棒を久しぶりに呼び出そうかのう」

「呼び出す……?」


 ロタが不思議そうな顔をする。

 魔力が少し勿体ないが、このリングの使い方を見せるには丁度よかろう。


「——召喚、魔食いの剣」


 左手の人差し指にはめているリングに100ほど魔力を込めながら、そう発言する。

 すると目の前に魔法陣が出現し、それが上から下へ動くにつれて柄頭から順にその姿を現した。


「おおっ……!」


 圧倒的な存在感を放つその魔剣は、鞘でさえ赤黒を基調とした華美な装飾が施されていた。

 ロタが鼻息を荒くして、わしの相棒を見つめる。


「剣身を見てもいいか?」

「いいぞ。あぁ、その前にこの指輪を嵌めるんじゃ」

「ん?」


 わしは左手の人差し指にはめていた、銀色に輝くリングを抜き取る。

 そしてまじまじと見つめてから、指輪を渡した。


「爺さん、これ俺の指に嵌らないんじゃ……」

「いいから付けてみい」


 本来ならこの指輪のサイズだとロタの指には嵌らないが、この指輪は魔道具の一種。所有者の指の大きさに合わせて変幻自在に大きさを変えられる。


「おお! 嵌った! 嵌ったよ爺さん! ……でこれは何の指輪だ?」

「これはな、この魔剣を扱うための指輪であり、魔剣を召喚する為の媒体じゃ。召喚の仕方はその指輪に指定された魔力を流し、心の中か口で召喚と唱えると目の前に召喚できる」

「へぇ~すごいな。じゃ、剣身を見てもいいか?」


 こやつ絶対理解してないじゃろ。


「まぁ、いいぞ」


 許可を出すと、ロタは直ぐに剣の柄を握りゆっくり剣を抜く。

 相棒の剣身はミスリル製であり、何の素材入れたらこうなったのか知らないが、綺麗な紫色の血管? 亀裂? のような物がミスリルの剣身に浮き出ている。

 禍々しい魔剣らしい魔剣だ。


「すげぇ……これ、本当貸してもらっていいのか?」

「貸すなんて言っておらんぞ。あげるんじゃ」

「え……本当か!? うわっ、やった!!!」


 はしゃぐロタ。


「喜ぶのは良いが、はしゃぎ過ぎると家が崩れるから勘弁しておくれ」


 そう言うとロタはピタリと止まり、外に出てはしゃぎ始めた。




 それからわしは、キッチンの方へ向かい水とパン、干し肉一枚をゆっくり時間をかけて食べた。

 キッチンまで来る際に躓かずに来れたのは僥倖だった。あれで一々躓いておったら直ぐに日が暮れてしまうからの。


 さて魔物狩りをするために、この村から北のレイニ草原に向かうとしよう。


 わしは覚束ない足取りで杖を頼りに玄関に向かい、近くに置いてあるハンモックから外套を取り羽織る。


 この古ぼけた外套には【物理攻撃耐性〈8〉】が付与されている。

 相棒の魔剣程効果ではないが、魔導具等級Cはある。

 今売るとすると金貨一枚ほどになるかのう。

 いんや、既にぼろじゃし金貨には届かぬかもしれんな。


 そしてサンダルから靴に履き替え、外に出た。


 すると昼間の日光がわしを照り付ける。


「いつぶりじゃろうか、日の光を直に浴びるのは……」


 目に入る日光を右手で遮りながら目を細め、思わずそんな事を呟いてしまった。






 ――――――――――――――――――――

 あとがき

 

 この話では『金貨』と言うこの世界の通貨が登場しましたね。

 今回のあとがきではその通貨について補足させて頂きたいと思います。


 この世界では七色硬貨(リペイル硬貨)と呼ばれる、鉄、青銅、黄銅、銅、銀、金、白金の硬貨が存在しています。そして青銅を除く各色に対して通常サイズの硬貨と大貨が存在しているのです。

 例:鉄貨と大鉄貨、銅貨と大銅貨。


 あ、先に行っておきますが鉄と銀は同じ色ではありませんよ? 鉄貨、大鉄貨は黒色です。

 通貨として長く使われていくうちに鉄は錆びるので、より長く使えるように黒染め処理が施されているのです。


 一部諸国では異なる通貨が使われている場合がありますが、ここでは割愛します。


 因みにこちらが通貨の詳細です。


・鉄貨(1リペ)

・大鉄貨=鉄貨一〇枚(10リペ) (大鉄貨が一枚あると固い黒パンが買える)

・青銅貨=大鉄貨五枚(50リペ)

・黄銅貨=青銅貨五枚(250リペ)

・銅貨=黄銅貨四枚(1000リペ)

・大銅貨=銅貨一〇枚(1万リペ)

・銀貨=大銅貨一〇枚(10万リペ)

・大銀貨=銀貨一〇枚(100万リペ)

・金貨=大銀貨一〇枚(1000万リペ)

・大金貨=金貨一〇枚(1億リペ)

・白金貨=大金貨一〇枚(10億リペ)


・緋石貨、蒼石貨、緑石貨=白金貨一〇〇〇枚(1兆リペ)


 これを踏まえて頂けると、この先の通貨のやり取りシーンをより理解できると思います。


 あとがきは以上です。ここまで読んでくださりありがとうございました!

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