第5話 助け?

疑いの視線を浴びつつも、エヴァンジェリンは小さい声で先生に伝えた。




「あの、クロハガネの成虫が、居て……」




 その言葉に、先生は目を吊り上げた。




「成虫!? そんなもの、ここにいるはずが……一体どこに!」




 そう聞かれて、エヴァンジェリンは言葉に詰まった。今しがた、クロハガネは自分の魔術で消滅させてしまったのだ。もう塵一つ残っていない。




(そうだ、手の傷を見てもらえれば……)




 しかしココはハッとした。


 クロハガネの証拠は消してしまった。なのでこの傷も、もしかしたら『自作自演』と取られてしまうかもしれない。




 ココたちのさらに前にいるアレックスが、こちらを鋭い目で睨んでいる。




『お前、クロハガネがいるって嘘をついて、わざとココにスプレーを吹きかけたんだろう!!そんな傷までわざと作って!』




 そう責める声が、エヴァンジェリンの頭の中で響く。彼はきっと、そう言うにちがいない。エヴァンジェリンは右手をとっさにローブの内側に隠し、首を振った。




「すみません。たぶん、私の見間違いです。スプレーをかけてしまってごめんなさい」




 先生とココ、両方にエヴァンジェリンは謝った。




「そう……気を付けなさい。あなたは座学は優秀なようだけど、農作業には向いていないようね」




 そう冷たく言って、先生は去っていった。この場が収まり、エヴァンジェリンはとりあえず胸を撫で下ろした。


 が、もちろんそれだけは終わらなかった。




「おい、待てよ。出てきてさっそく喧嘩をふっかけてくれるじゃんか」




 急ぎ寮に戻り手の治療をしようとするエヴァンジェリンを、アレックスが呼び止めた。


 エヴァンジェリンはおそるおそる振り向いた。グレアムより背の高いアレックスを見上げると、まるで大人と子供くらいの身長差を感じてしまい、エヴァンジェリンは思わず体をすくめた。


彼の後ろにはココとグレアムもいる。ココはもちろん、グレアムは射殺すような目でエヴァンジェリンを見ている。




(私、また……騒ぎをおこした、ってグレアム様に怒られる……)




 せっかく、謹慎を解いてもらったばかりだっていうのに。エヴァンジェリンはうなだれた。




「……ココさん、ごめんなさい。本当に、間違ってしまって」 




 心からそう謝るが、ココは何も言わない。代わりにグレアムが低い声で言った。




「……余計なことはするなと、あれほど言っただろう。君が態度を改めないなら、僕も考えがある」




 もしかして――とうとう捨てられるのか。そう思ったエヴァンジェリンははっとして悲壮な顔を上げた。


 グレアムは不快そうに、エヴァンジェリンのその顔を見ていた。そしてココは、隣で汚いものを見るような目を向けていた。




 その時だった。エヴァンジェリンとアレックスの間に、さっとディックが割って入った。




「何してんの?彼女に三人よってたかってさ。まさか集団いじめ?」




 アレックスは眉をひそめた。




「あんたには関係ないだろ」




「そりゃ、ないかもだけど。でも俺ってほら、女の子が困ってるの放っておけないからさ」




「ココも困ってるんだよ、そいつのせいで」




「彼女は間違いを認めて謝ってるじゃんか。それなのにまだ責めるのはおかしいと思わない?」




「あのなぁ、これが初めてじゃないんだよ」




 そう言うアレックスを、ディックは軽くいなした。




「来たばかりの君たちは知らないだろうけど、ハダリーさんは真面目な人で、あんな嫌がらせなんてするタイプじゃないんだよ。ねぇ、トールギス君はよく知っているだろう?」




 ディックはそう言ってグレアムを挑発するように見た。この二人は、一年次の時からあまり仲が良くない。北の正統派の魔術家系のトールギス家と、東の古株の一門であるイースト家は、昔から何かと争いを繰り返し、因縁があるのだという。


 そのせいで、グレアムはディックと距離を取っていたし、一方のディックはグレアムをはっきり嫌っていた。




(けど……なぜか私には、普通に接してくれるのよね)




 エヴァンジェリンそのものには、トールギス家の血が流れていないからだろうか。昔からディックはエヴァンジェリンには親切だったし、今日もこうして助けてくれている。




「何で君が、こうもハダリーさんを粗末に扱うのか……俺は理解できないね」




 するとグレアムではなくアレックスがふんと鼻を鳴らした。




「そんな性格の悪い女、見限って当然だろ」




 待っていましたとばかりに、ディックはエヴァンジェリンの肩を抱いた。




「それなら、見限られた彼女を俺がもらっても、文句はないよね?」


 


 すると、黙っていたグレアムがやっと口を開いた。




「おい、待て」




「待たないよ。後悔しても、遅いんだからな!」




 快活な笑顔でそう宣言して、ディックはエヴァンジェリンを半ば抱えるようにして、無理やりその場から連れ出した。エヴァンジェリンがとっさに逆らえないほどの、強い力だった。




「待って、待って、ください、イーストさん……っ」

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悪役令嬢エヴァンジェリンは静かに死にたい @SHOUSETUMIKAN

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