恩返し後のアフターフォローについて

柳田

具体的エピソードの紹介

お時間となりましたので始めさせていただきます。

お忙しいなか、本日はお集まりいただきありがとうございます。

資料はお手元にありますでしょうか?

…はい。皆様大丈夫そうですね。研修終了後、質疑応答の時間を設けます。後ろにおりますスタッフもお答えいたしますので今回の研修で皆様の不明点、また不安事項を少しでも解消出来ればと考えております。


本日講師を務めさせていただきます、わたくし鶴と申します。簡単に経歴についてご説明しますと、活動を始めたのは凡そ江戸時代中期から、初めは一般動物として生を受けましたが、皆様と同様にある特定の人物へ恩返しをする機会があり、そこから転職。現在はコンサルタントとして同じ境遇の方々のご相談に乗りつつ、このようなセミナーに度々お招きいただいている次第でございます。

さてこの会場にお集まりの皆様は恐らく先日までにわたくしと同様、恩返しをお済ませだと思います。

皆様は恩返しをしたあと、概ねこのような言葉をお聞きになるのではないでしょうか。


【幸せに暮らしましたとさ。】


ある地域ではとっぴんぱらりのぷう。ともいいますね。この言葉は言ってしまえば業務終了の合図です。皆様にとっても、わたくしにとっても正直ありがたい言葉です。

ふふ、頷いてくださる方もいらっしゃいますね。

それまで姿がバレないだろうかと緊張していた肩の荷がフッと降りたような気持ちになりますからね。当然でしょう。


ただ一呼吸して考えていただきたいのです。果たしてそれは本当なのでしょうか。わたくしがこの業界で働き始めたころ、その言葉で安心して上長に結果を報告し、次の指示を待っていました。若く未熟なわたくしに、当時の先輩からいただいた言葉が「君、ちゃんとその後のフォローはしてるかい?」でした。機会があり先輩の営業に同行させていただくと、恩返し対象者のご自宅まで向かい、先輩が残した資産をどのように利用されているかを確認されていました。

最初はなぜそんなことを?と考えました。

恩返し=貧困暮らしをしている対象者の生活を豊かにすることだと学んでいたため、先輩の行動は分かりませんでしたが、だんだんとある事実に辿り着きました。


ある事象1についてお話しいたします。スクリーンをご覧ください。

恩返しをする側はわたくしと同じく罠にかかった鶴、恩返し対象は若く貧しい独身男性です。仮にAさんとします。Aさんの職業は現代からいうと小作人でした。得られる報酬は少なく、貯蓄も難しいため結婚も考えられない、という暮らしです。例によりAさんに助けられた鶴は人間に化け、Aさんの自宅を訪ねます。

冬の夜です。雪が降り積もってすぐには家を追い出せない絶好のタイミングを狙います。

純朴なAさんは美しく化けた鶴にたじろぎ、戸惑いますが一人暮らしの家です。部屋数は多くありません。隔てるものは襖一枚という刺激的な状態で数日生活を共にします。鶴は恩返しを目的としていますから、Aさんからの要求には何でも答えます。やがて人間界でいう夫婦のような関係になったところで本格的に業務開始です。

Aさんに条件提示をします。

①機織り機の購入、および織物作成のための材料費の提供

②作業中、声掛け無しで襖を開けることは厳禁

この2点を提案するまでに、対象者と信頼関係を築くことが大事ですね。非常にシンプルで分かりやすいので、Aさんはこれを快く受け入れます。

ここからは慣例通り鶴は機織り作業に入ります。三日三晩の作業後、完成した反物を売りに行くのはAさんです。一般家庭で使われているであろう糸と布しか買ってませんが、ご存知かと思いますが我々の羽が使われていますのでそれは高価な値段がつき、その日のうちに売れます。それを数回繰り返すとAさんの家は豊かになりました。

前置きが長くなってしまいましたが、あとは皆様ご想像の通り、羽をむしることで衰えていく妻を心配した夫、Aさんが襖を開けてしまったことで恩返し終了です。多様性の世の中になりつつありますが獣と人が結ばれることは未だ許されていません。鶴は飛び立たちます。これで事象1は終わります。


その数年後、偶然Aさんの家を見かけた鶴は驚愕します。なんとAさんは前とまったく変わらない姿…どころかより貧しい姿になりまた力無く農作業をしていたそうです。直接本人に話を聞くのが憚られたため、近隣住民にさりげなく聞き込みをした結果、Aさんにその後何があったかの確認がとれました。


【手元にあった金銭は全て酒に使ってしまい、現在は身体を壊している。元々は評判の人柄だったが、アルコールの影響で脳が萎縮し、人格も変わってしまい今では友人もいない。

→原因:長年独り身のAさんにとって、最愛の妻がいなくなってしまったことが最大の原因と考えられる。】


鶴はすぐさま上司へ相談したそうですが、再び戻った時にはAさんはもう亡くなっていました。


…はい。これは数多くある恩返しの失敗パターンのひとつです。

抑えておかないといけない点は、我々は奉仕や自分の矜持を優先しがちですが、人間には情というものがあります。

自然界で生きる我々にはあまり考えられないことですが、人間の中には血縁が無くとも、長く一緒にいるとその対象が愛おしくなる、という感情や行動の揺らぎがあるようです。

その心理も踏まえたうえで、皆様の行なった恩返しをフィードバックしていき、それぞれに合った恩返しのアフターフォローをこちらから提案させていただきます。

皆様の恩返し業務が振り返って充実したものとなることが今回の研修の目標です。

それでは10分間の小休憩を含めまして次の議題に移らせていただきます。

ここまでで何か質問はありますでしょうか?

はい、そちら前から5列目の方。

ご丁寧にありがとうございます。はい、今回の研修には心理学に精通した先生もお呼びしていますので、今後の恩返し活動にもとても役立つ知識をお持ち帰りいただけると思いますよ。

ぜひ楽しみにされてください。


他に質問のある方はいらっしゃいますか?


…あと、度々聞かれるので先にお答えしますが、わたくしの恩返し対象はご高齢の男性とそのパートナーの方でしたから、わたくしはこの鶴ではございませんよ。念の為、お伝えいたしますね。



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