再び。

猫野 尻尾

第1話:偶然。

別れた女と再び出会った。

まあ、別れた後、彼女がどこで暮らしていたかは知らなかった。

会ったのはたまたま偶然だった。


ショッピングモールで幼い子供をひとり連れた彼女とエレベーター

の前で偶然出会った。

彼女だと一目で分かった。

お互い顔を見合わせて「あっ」って言った。


そうか地元に帰って来てたのか?

子供連れだったから結婚したんだと分かった。

なぜか、それが幸せって言葉に結びついて少しだけホッとした。


昔、20歳そこそこの頃、僕らは遠距離恋愛だった。


もともとは高校の同級生だった僕たち。

で、僕は地元で就職し、彼女は都会の大学へ進学した。

そして僕は会社が休みの日にはが彼女の住む花の都に通っていた。

だけど、距離がふたりを遠ざけた。


僕は彼女を想うあまり、会えない時の寂しさに耐えかねて彼女が僕

以外の男と浮気してるんじゃないかと疑って嫉妬と猜疑心に苦しんだ。

そんなことあるはずないのに。

彼女を信じればよかったのに・・・ただ僕は若かっただけなんだろう。


喧嘩が増え、僕の気持ちは冷めていった。

結局、僕は彼女の街に行かなくなった。

彼女は心配して何度も僕に打診してきたが僕は無視した。


気持ちが弱い僕は彼女と会うと辛くてしょうなかったし、何を言い出すか

自信がなかった。


はっきり別れようって言ったわけじゃない。

これ以上彼女と一緒にいたらお互いもっと傷つけ合うことになる。

歪みあった恋人同士のような別れ方はしたくなかった。


つまり僕はお互いの気持ちに結論を出す前に彼女から逃げたんだ。


それから10年の月日が流れいた。

再び出会った彼女は、髪型が短くなったくらいで、思ったほど変わって

いなかった。

本当なら、お互いこのまま、見ず知らずの男と女のように右と左に別れる

はずだった。


でも、懐かしさがお互いを引き止めた。

運命の導きのようになにかがふたりの歩みを止めた。

僕は彼女が連れてる子供を見た。


「何歳?・・・」


久しぶりも元気だったって言葉を交わす前に子供の歳を聞いていた。

それは僕の照れを隠すために取った行動だったんだろう。


「5歳よ・・・」


「5歳か・・・君に似て可愛い・・・女の子だろ?」


彼女はうなずいた。


「久ぶり・・;


同時にしゃべった。

そして僕らは、お互いを見て笑った。


「少しだけ話せる?」


「うん、少しだけなら・・・」


そのまま別れてたらよかったんだ。

でもやっぱりなにかが僕らを引き止めた。


彼女は結婚したんだろう・・・だけど僕は未だにひとりもの。

それもあって彼女に対するほのかな思いが再燃したのかもしれない。

嫌いで別れたわけじゃないから・・・。


その出会いを機に僕らは時々、会って話すようになった。

学生時代を懐かしむ友達のように・・・。

いや、最初はお互いの今の境遇とか・・・多少のプライベートとか

ただ、話して・・・そんな時間が楽しかったし心地よくさえあった。


でも話すうちに彼女の愚痴も聞かれる羽目になった。

彼女は今の旦那さんとはうまくいってないようだ。

話の端々に旦那さんに対する不満が出る。

話さないようにって思っても、クチにしないと収まらないんだろう。


旦那とのトラブルの話は会うた度に増えていった。

彼女は身も心も疲れてるみたいだ・・・。

旦那さんとの間になにがあったか、聞くまでもないことで、彼女の愚痴を

聞くだけで充分だった。


そんな愚痴聞きたくもないし、言わせたくもなかったけど、

聞いてあげることが僕の彼女に対する思いやりだと思った。


「ねえ、どうして、あの時なにも言わずに会いに来なくなったの?」


「怖かったからだよ・・・君といることがさ・・・君を傷つけることが・・・」


「ちっとも分かってなかったんだね、私の気持ちなんて」

「私はどんなに傷ついても、あなたといたかったのに・・・」


「あの時は、お互い気持ちがすれ違っていたんだよ・・・」


「それはあなたの思い過ごし・・・」

「私のあなたに対する想いは一ミリもブレてなかったのに」


「今なら?・・・もし今なら・・・私を受け止められる?」


「え?・・・まあ、まあね、そりゃ僕だって大人になったからね」

「若い頃みたいに感情に流されるようなことはないから・・・」

「今言った、今ならってどういう意味?」


「だから、今なら私を救ってくれるかなって思って?」


「救う?・・・旦那との満たされない心を僕に慰めろと?」


「そんな勇気ある?」

「それとも私みたいなおばさんじゃ、いや?」


「僕だっておじさんだよ・・・」


「そんなことないよ、今でも若い子相手にできるでしょ?」

「そうね・・・私の願いを聞いて欲しいなんて図々しいお願いよね」


「ごめんね・・・冗談・・・言ってみただけ・・・」

「言ってみただけだよ・・・」


そう言って彼女は僕の前で泣いた。

居た堪れなかった。


「分かった・・・分かったよ、僕でいいなら・・・」

「今のこの世で君を救えるのは僕しかいなさそうだし・・・」

「でも君には旦那さんがいるからね・・・だから君を奪ったら君の家庭を

壊しちゃうかもしれないよ」

「それでもいいなら・・・君の願いを叶えてあげてもいいけど・・・」


僕は何を言ってるんだと思った。


でも物事の流れってものは自分では変えられない時もある。

それにこのままなにもしないで彼女を無視したまま帰ったら僕は一人の

女さえ救えない最低男になってしまう気がした。


僕は彼女の手を握っていた。

握ったまま、カフェのテーブルを立った。


もう、考えるまでもないこと。

僕と彼女は再びはじまった。

過去を取り戻すように・・・・不倫だってことは承知の上。

分かっていても、どうしようもないことだってある。


世の中の道徳やモラルなんてものは所詮、人間が決めた都合主義。

それを破るのもまた人間の業。


僕は決心した。

僕たちの乗った船はもう二度と港には帰らない。

嵐に遭遇してふたり波に飲まれて海の沈むならそれも本望。

僕らは世界の果てまで愛を貫く・・・もう二度と同じ過ちは犯さない。


もし、あの時、遠距離を続けていたら僕らに今日という日は訪れて

なかっただろうし、お互いの愛を捨てていたらきっと二度と会うことも

なかっただろう。


僕らの人生に紆余曲折あっても道を外しても最終的に辿り着くところは

同じ場所。

すべてが間違った選択だったとしても後悔はしない。


おしまい。










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再び。 猫野 尻尾 @amanotenshi

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