色神術

一陽吉

色神の巫女

 ──人気ひとけのない真夜中の公園に、黒いタキシードを着て黒いシルクハットをかぶった、五十代らしき男が立っていると、その目の前に二十歳の女が現れた。


「この時間にこのタイミングで現れるとは、貴女、私をめっするつもりですね?」


「ええ、そうよ」


「なるほど。その恰好、日本の巫女が着るもののはずですが、悪魔祓いもするというわけですか」


「正確には女の敵、全般ね。人間だろうと魔物だろうと女に悪さをする奴は仕留めるわ。あなたの場合、若い女の血を吸って一生消えない傷跡を残している。それは吸血鬼に咬まれた者の証として人生を狂わされることになるの。許されることじゃない」


「いやいや、むしろ誇りに思ってほしいですな。私に咬まれるということは、私に認められた美しい女性ということなのですから」


「あなたの解釈としてはそうなのね。だったら、私はどうなのかしら?」


「合格です」


「具体的には?」


「日本人らしい黒髪をボブカットにされているのがとてもお似合いですし、顔だちもアイドルに勝るほど素晴らしい。白い肌も清らかで上品さが感じられる。しかもスレンダーな体型ながら、女性らしさの象徴である胸がほどよい大きさで形良かたちよいのが、衣装ごしでもわかります。貴女はお気づきになっていないのかもしれませんが、胸元が少しはだけておりましてな。そこから見える左胸のほくろがじつにいやらしい。並の男ならそれだけで気が狂うでしょう」


「ふふふ。若い女を狙うご紳士さまだけあって、そういうところはきちんと見てるのね。そんなに褒めるくらいなら、私の血も吸いたくなったんじゃない?」


「それはもちろん」


「それじゃあ、試してみる? だけど、私に勝てたらね」


「左肩を出して見せての挑発ですか。いいでしょう。どの道、貴女を倒さねば私が滅びますし、貴女のおかげで美女のお預けを受けましたからね。その分、たっぷりいただきます!」


「!?」


「背後ががら空きですぞ!」


「鉄の色」


「ぐはっ!」


「残念でした」


「な、なるほど。貴女は水流使いなのですね。しかも操る水に属性を与えられる……」


「まあね。十か所以上刺されて痛いだろうから、早く仕留めてあげるわ」


「ま、まだ、です。私には、秘策がある。光よ!」


「?」


「ば、ばかな……。私の閃光が、こんなに小さく……」


「それじゃあ、豆電球だね」


身体からだが傷ついていても、魔力に問題はないはず。なのになぜ……」


「いいこと教えてあげる。それはあなたが弱くなったからよ」


「弱く……?」


「そう。だってあなた、これを見たでしょう? 我が色神術しきしんじゅつの付随能力なんだけど、これを見た男の全能力は百分の一以下になるし、私への攻撃は緩やかになるの」


「む、胸元の、ほくろ……?」


「ほくろがなくても、谷間が見えれば男は注目しちゃうでしょう? それだけで女神は呪いをかけるのよ」


「女神の、呪い!?」


「そ。だから男は誰でも、わたしに勝てないの。詳しいことは自分で考えてみてね」


「私を囲む、水の壁。そして、この色は──」


の色」


「ギイヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤーッツ!!」


「服なんかと一緒に跡形もなくなったわね。来世では気をつけなさい。とくに、私みたいな格好の女にはね」


 ──男がいた場所に一瞥をやると、女は月の色をにじませながら、次の標的へと向かった。

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色神術 一陽吉 @ninomae_youkich

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