ムササビも、飛んでりゃ前を隠せない

独立国家の作り方

第1話 ムサ子さん、色気について考察する

 暑かった夏も終わり、野生の生き物たちが冬支度を始める頃、ムササビたちの毛色も茶色から淡い灰色へと変化する。

 この森の住人であるムササビの「ムサ子」は、恋多き乙女である。


 いや、、名前を付けるのが面倒なのではなく、本当に彼女はムサ子と言う。


 自身の毛並が仲間よりも少し早く淡い灰色になりつつあり、ムサ子は少しだけ優越感に浸っていた。

 なぜなら、友人のムサ江は、未だ夏の毛色「茶色」だったからである。

 いや、、彼女もまた、本当にムサ江と言う、、、。


「ねえムサ江、私ってさあ、最近飛び方にこだわりがあるのよね」


 いきなり話を振られたムサ江も、いつものマウント取りが来た、という事は十分に解っているが、絶滅危惧種であるムササビの世界にあって、女子の人間関係(人間関係?)は密度が濃く、同調圧力の塊と言っても過言ではない。


「へえ、飛び方って、どんな?」


「あ、それ聞いちゃう?、じゃあ、どうしよっかなー、」


「、、、あ、ゴメン、無理に聞く気は無いんだ、本当ゴメン」


「あ、じゃなくてさ、その、拘りってかさ、ムサ江に解るかな、って思ったんよ」


「え?、じゃあ、話してみ」


「だからね、飛ぶ時に、思いっきり手足を広げるのって、どうなのよ、って思ったわけ」


「ん?、どーゆーこと?、え?、、、私達、ムササビなんだけど」


「だからさ、広げた時、縦と横の長さがね、あれよ、黄金比ってやつね、、ムサ江には難しくて解らないよね」


「黄金比、、、ああ、1 : 1.6180339887... 」


「っちょい、っちょい、っちょい、いきなり何?、どうした?」


「いや、だってあなたが黄金比って言うから」


「そうじゃなくてさ、私達、ムササビ!、なにその色気の欠片もない今のやつ、ムササビ!、何でいきなり数字?、あんたは人間?、、、ムササビ!」


 ムサ江は、ムサ子のこの会話が実にバカっぽいと感じつつ、きっと一所懸命なんだろうな、と思いながら「ムササビ」を繰り返す所は可愛いなと、、、、適当に聞き流していた。


 「でもさ、黄金比の比率が解らないんじゃ、飛びようがないじゃない、ちょっと飛んでみてよ」


「ん-、どうしよっかなー」


「あ、嫌なら無理にとは、、、」


「いやいや、嫌とかではなく!、そのさ、拘りの部分を聞いてほしいって、言うかね、あるのよ、拘りが」


「うん」


「なんてーの、やっぱり飛んでる姿ってさ、男子の視線を集める瞬間な訳でしょ、でもね、全部見せちゃ、いけない訳よ」


「はあ」


「顔を見せるなら下を、下を見せるなら顔を、どちらかを「キャッ」ってな感じで恥じらいながら隠すわけ、そこに男子は逆にエロさを感じるってわけ」


「、、、、おい、黄金比、どっか行ってるぞ」


「最後まで聞きなさいって、ここで黄金比よ」


「はあ」


「その少しだけ縦の長さを意識した飛び方でね、いつもより長方形っぽく飛ぶわけ、それって色っぽくない?」


 ムサ江は、これはもうさっぱり意味が解らないと思い、もういいから飛んで見せろ、とムサ子に言い放つ。


 そして、そそくさと木に登り、フライングポジションに到着すると、元気一杯に手を振るムサ子。

 なんとなく、可愛い奴だな、と、ムサ江。


「じゃあ、いくよ!、えい!」


 ムサ子はそう言うと、一気に空中に飛び出した。

 

「おー!」


 ムサ江は、ムサ子のフライングフォームが、意外にもしっかり黄金比に近い事に関心していた。

 ムサ江は、てっきりムサ子は適当な事を言っているのだと思っていたのだから。


 その時だ、ムサ江にドヤ顔を見せようと下を見た瞬間、そこにはムサ江以外のムササビが一匹いたのである。


「ムサ吾郎君!?」


 ムサ吾郎、、、いや、、名前を付けるのが面倒なのではなく、本当に彼はムサ吾郎と言う。


 ムサ子は、このムサ吾郎の事を、ひそかいていた。

 なんだかんだ言っても、恋する乙女、飛んでいる所を好きな男子に下から見られるのは、恥ずかしい年頃なのである。


「キャー!、イヤー!」


 ああ隠したい!

 でも隠せば落下する!

 ムサ子は頑張って暫く飛び続けたが、遂には恥ずかしさに耐え切れず、フライングフォームを崩して、顔と下の大事な部分を全力で隠す。

 もちろん、航空力学も何もなく、揚力を失ったムサ子は勢いよく、、、落下した。


 ムサ江は思った、、、


 「どちらかを「キャッ」ってな感じで隠すとか、逆にエロさを感じるとか、あれは一体何処へ行ったんだ?」と。


 そもそも、好きな男子に、前も隠さず思いっきり見せてしまって、一体何が色気なのやら。


 地面に激突したムサ子は、打った頭を抱えながら一人悶絶していた。


「大丈夫か、ムサ子?」


 そこには心配して駆け付けたムサ吾郎がいた。

 

「やだっ、、、恥ずかしいよ、、」


 そんな仕草のムサ子に、多少は反応するムサ吾郎。

 痛む頭を抱えつつ、ムサ吾郎のリアクションに現れた僅かな変化に、ムサ子は少し嬉しくなった。

 私は女として、ムサ吾郎に意識されている、そう思うと、落下の痛みも止むを得ずの範疇に思えた。


「ところでムサ子さん、さっきの飛び方は、黄金比だね、、君も飛び方の美しさを探求しているのかい?」


 まさか、まさかの、ムサ吾郎!

 なんと、あの黄金比飛行(黄金比飛行?)に気付いていたのである。

 ムサ子は嬉しさのあまり、顔が火照って仕方がない。


「a : b = b : (a + b)、だね」


「、えっ?、、、はい?」


「いや、だから、1 : 1.6180339887... ってことさ」


 さっき、ムサ江も同じような事を言っていたが、ムサ子は言う人が違うと、こんなにもカッコよく聞こえるものかと感心した。


 ただ、、、ムサ吾郎が何を言っているのかは、さっぱり解らなかった。


「そうだ、今度一緒に飛んでみないか、黄金比で!」


 ちょっと何を言っているのかは解らないままだったが、一緒に並んで飛ぶ姿を想像したら、ムサ子は少しだけ嬉しくなった。

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ムササビも、飛んでりゃ前を隠せない 独立国家の作り方 @wasoo

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