教養番組『岩鉄先生のペインティングエルボー』

本日のテーマ『色』

 落ち着いた雰囲気のスタジオに、どこか静けさを感じさせる音楽が流れている。

 少し冷たい雰囲気の女性が、カメラに一礼した後口を開いた。


「パワフル絵画ファンのみなさんこんにちは。ペインティングエルボーの時間です」


 女性はゆっくりと移動して、立てかけてある白いキャンバスの前に来た。


「それでは本日の講師、男の絵画研究会副書記の一文字岩鉄先生です!」


 女性が手を伸ばした先に、熱量を持った塊があった。

 二メートル近い長身、角刈りの頭に鉢巻、大きな傷のある厳しい顔、鎧のような筋肉を黒い胴着で包んだ男が腕組みをして立っている。


「セイヤ!」


 男は叫び声をあげて走り出した。


「セイヤ!」


 男は途中に立ててある煉瓦の壁に正拳突きを入れて砕いた。


「セイヤ!」


 男はその先にある氷柱を蹴りで真っ二つにした。


「セイヤ!」


 男は勢いのまま建物の壁に裏拳を入れたらゴリっとした感じになって、手首がよくない方向にひん曲がった。

 女性がどこか冷たい瞳で見つめる中、男は右手を押さえたまましばらく座り込んで動かない。

 ようやく立ち上がった男が、少し荒い息をしながら女性のそばに来て、さっき殴った壁を見た。


「なかなか骨のある壁だな」

「鉄骨が入っているみたいですね。大丈夫ですか?」


 女性の問いに、男は中途半端な腕組みをして前を向いた。


「この程度なら問題はない。絵画に利き手は不要」

「大問題ですね。それでは先生、本日のテーマは何でしょうか」


 女性の問いに、男は長く絞り出すような呼気の後、左手の拳を突き出す。


「今回のテーマは色だ!」

「というと、赤や青などの?」

「そうではない。絵画に込める色とは己……自分自身だ」

「俺色に染まれとかそういう?」

「俺が色だ! セイヤ!」


 どこか冷たい愛想笑いの女性が見ている中、男は左の正拳突きを繰り出した後、手首が赤黒く変色している右の正拳突きを披露してうずくまった。


「あの、先生。見てるだけで痛いので、包帯とか巻きませんか」

「必要ない。絵画に包帯は不要」

「そうではなくて」

「気合十分! よし、アレを持ってこい!」


 男の言葉に、白い道着の男たちが鉄板を運んできた。

 男たちはイーゼルに乗っている白いキャンバスを鉄板に交換した後、イーゼルを床に固定している。


「先生、これは?」

「我が魂の色を描くのにふさわしい鋼鉄のキャンバスだ」

「差し出がましいようですが、やめた方がいいのでは。というか、やめてください」

「止めてくれるな。男にはやらねばならぬ時があるのだ」

「いえ、放送事故とかそういう」

「刮目せよ! 我が色を!」


 そう叫んだ男は鉄板にすごい勢いで頭突きした。

 鈍い音がした。

 鉄板には放射状に赤い色が描かれ、下の方にも流れている。

 その様子を冷たく見ていた女性は、携帯電話を取り出して1と1と9をタップした。

 男はゆっくりとずり落ちるように床に横たわり、赤く染まって震える指先は床に「イロ」という文字を書いている。

 通話を終えた女性がカメラに向き直った。


「それではまた来週」

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教養番組『岩鉄先生のペインティングエルボー』 @marucyst

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