お喋り君

「にゃんと!?」


 押し退けられたアイムは尻餅をつく体制になる、重しを跳ね除けたビアーキーは空へと舞い上がり、すれ違いざまにアイムを鋭い爪で切り裂く、鮮血が弧を描き赤黒い染みが床に滴る。


「死霊魔術師にこんな所で出会うとはねー、この国殆ど火葬ですよー?」


「もしかして、精神的な死者に死霊魔術を……?」


 マホは軽口を叩くと、起き上がった邪教徒達にもう一度炎を浴びせ、ぶつぶつ言いながら撤退してくるセンと、傷口をぺろぺろしているアイムを援護すると緋色の炎で防衛線を引き、トリを守るように立つ。


「マホとデブ猫はトリを守りながら邪教徒とビアーキーの相手をお願い、私はボスを叩く!」


 センはまだ火が残る煙草を捨てると、言葉が終わる前に炎をかき分け邪教徒のボス目掛けて走り出した、その背後には不快な飛翔音が迫る。


「アイムちゃん!」


 センの背後をビアーキーの鉤爪がかすめる、しかしそれ以上の追撃は無かった。ビアーキーの背後に迫るアイムの蛇尾が伸び、ビアーキーに噛み付くと強力な力で後ろに引き戻している。


「またまた力比べといきましょう、今度は綱引きです」


 飄々と語りかけるアイムの言葉を無視して、ビアーキーは振り向き、蛇尾に鉤爪で切りかかる。


「おっと危ない危ない、冗談の通じない方だ」


 アイムは蛇尾に口を離さすと、勢い良く尾を引き込み鉤爪を躱す。ビアーキーは鉤爪を躱されただけでなく、引っ張られていた力が突然なくなったことにより体制を崩すと、つんのめるように地面にぶつかる。


「お返しです」


 まるで猫のように、音もなく高速で距離を詰めるとアイムの鋭い爪が、起き上がろうとするビアーキーの胸部を抉り裂いた。ぬらめく黒褐色の体液がアイムの爪から滴る。


「あまり気持ちの良い感触では無いですね、うぅ味も酷い……」


 爪に滴る黒褐色の液体を舐めると、アイムは目を潤ませ、ぞくぞくと震えるとペッペと吐き出す。

 頭部をへこまされ胸部を深く切り裂かれたはずのビアーキーは傷口から、ぬるりぬるりと滴り落ちる体液と肉片を溢れ出させながらも平然と立ち上がり、虚ろな動きでアイムの方に向き直る、その両面からは黒褐色の体液が流れ出て筋を作っていた。


「怖いもの知らずですねぇ、私なら死霊にする相手でも、もっと選びますがね。いったいどんな術者なんでしょうか、まあマトモではなさそうですが」


 アイムは独り言をいうと、二足歩行から蹲踞の姿勢になり、相撲の仕切りのように構える。そろそろ虫の面倒も見飽きた、これ以上仕切り直すつもりは毛頭ない。


≒≒≒≒


 センはコンパクトな姿勢で邪教徒のボスの元に走り込むとフードの中身を瞥見し、即座に左拳を顔面に叩き込む。スピードを乗せた左ストレートは男の顔面に届くことは無かった、分厚いゴム製の壁を殴ったような鈍い音が響き、フードの襟口から伸びる分厚い触手がセンの拳を受け止めていた。


 結果がわかっていたのかセンは追撃をせず、即座に拳を引くと後ろに飛び退きボクシングスタイルで構える。距離として約3.5m、拳で戦う間合いとしては遠いが、話をするなら十分だろう。


「いけないなぁ、聖職者が暴力なんて」


 胡散臭さそうな男の声がフード越しに届く、嘲笑を含みながら喋っているからか、声も喋り方も鼻につく。


「紳士君のおかげで、未遂で済んだよありがとう」


「どういたしまして。 さて貴女の拳は僕には届かないわけだし、彼女を置いて大人しく帰ってくれないかな?」


 センは考える素振りを見せると、煙草に火を付け紫煙をくゆらせる。一方、相対する男はグリモワールを腰のブックホルダーに仕舞うと、懐から片手で持てるサイズの骨壺を取り出し、愛おしそうにゆっくりと回しながら縁を指でなぞる。


「一応聞くけど、断るとどうなる?」


「月並みですが……、死んでいただくことになりますね」


 男は骨壺の蓋を開き視線をセンへと移す、骨壺からは内容量を越える量の遺灰と怨嗟にまみれた死霊が吹き出し舞い上がると、鉛色の小嵐となって男の周囲で猛り狂う。


 男が指示を出すと遺灰は各々の武器を携える大量の骸骨へと姿を変え風に乗る、終演に吹く一抹の風の様に冥府の軍勢は聖者へと襲いくる。


「神の御母よ、わたしたちはご保護を仰ぎます。いつ、どこでもわたしたちの祈りを聴き入れ、御助けをもってすべての危険から守ってください」


 怨嗟の暴風は肉を削り取る鋭利な砂嵐のようにセンを飲み込んだが、聖なる光に阻まれ内から小さな光の爆破を起こすと、冥府の軍勢は雲散し、空中に力無い塵のようにキラキラと漂う。


「土は土に、灰は灰に、塵は塵に、迷える者たちに神の御加護があらんことを」


 漂う塵の中には片膝を付き、祈りを捧げるセンの姿があった、足元では落ちた煙草が線香のように天に煙を送る。


「たった一つの聖句でこれ程とは……」


 男の声には焦りと驚きが現れていた、最初の立ち会いで魔術的な防御を破る程では無かった、それ故の慢心と読み違いがこの結果を招いたのだ。男が死霊に指令を送っても動きは無く、舞い散る遺灰は骨壺に戻る気配もない。


 センは体についた灰をはたきながら立ち上がった。


「さて、君の死霊は私には届かないわけだし、大人しく降参するってのはどうかな?」


「舐めた真似を!」


 男は怒気を声に乗せると、骨壺をセンに投げ付ける。センは楽々とそれを回避するが、骨壺を目隠しに男は間合いを詰め踏み込むと、コートの袖口から黒い触手を鞭のように、横薙ぎに振り抜いた。


 骨壺が乾いた音ともに砕ける、センはヒュウと口笛を吹くと、ダッキングの要領で触手の鞭をくぐり抜け、肉薄し男のボディに拳のコンビネーションを叩き込む。


 拳は男のコートにめり込み、二度の重い音と感触がセンの拳骨に伝わる。センが三度目の拳を打ち込む前に、男のショートフックがセンの前髪をかすめた。男の逆手の触手が鋭くしなり追撃の鞭打が飛び下がるセンの身を微かにだが打ちすえ、信仰の光が金属を叩いた火花のように散る。


「君たちの流行には疎いんだが、そのコートは裏地にタイヤでも使ってるのかい?」


 センは鞭打で受けた傷口に手を当てる軽傷だ、御加護の賜物としか言いようはない。センもただの魔術師だと相手を甘く見た、出鼻を挫けばそれだけで有利になる、そう思ったのだ。


 初撃でその為のブラフも撒いた、しかし相手はそこそこ体術もできるタイプらしい。死霊魔術で作られた触手を、鍛えられた体術から武器のように繰り出す。その一撃は加護無しでまともに貰えば皮だけでなく、肉まで削ぎ落とすだろうことは容易に想像できる。


「ジョークのつもりか? くだらんね」


 男は吐き捨てた後、腰のグリモワールの表紙を白い指で文字を書くようになぞり、懐からもう一つの魔導書を取り出し、左手で手印を組む。


「この書の呪文は出来るなら、自分では使いたくは無かったんだけどね」


「それで死霊魔術で操った人間を使ってたわけね。その書を使って精神壊せば死霊魔術で操れるし、自分は負荷を受けずに手駒も増えて一石二鳥ってことか」


「うん、御明察の通りだよ」


「お喋りついでにもう一つ聞きたいんだけど、なんでトリなんだ?」


「トリ……? ああ彼女か彼女は偶然ネットで見つけてね聖母になってもらうと思ってさ、カルトには教祖が必要だろ? そのための仕込みも大変だったけどやり甲斐はあったよ。それに魔術による精神支配と邪教の術の精神削りは、なかなか相性が良くてね」


 ペラペラと喋り続ける男の話をセンは言葉で遮った。


「ずっと思ってたけど紳士君はさ、お喋り好きだよね、もしかしてなんだけど、生きた人間の友達いないの? それにその喋り方はちょっと一方的だしナルシストっぽいから、生きた人間にするには良くないよ」


「……巫山戯るのもいい加減にしろよこのクソ尼が!お前も大概だろうが!」


 激昂した男は二冊の魔導書から魔術を呼び出し触手に力を与える、袖口から伸びた触手を乱雑に振り回し加速させると触手は二本の怒り狂う破壊の波となってセンに向かう。


 強化され激しく打ち付ける触手を避け続けることは難しく、打たれた箇所は信仰の火花と鮮血が散る。なんとか体制を捻りセンは上着から自動警棒を取り出すと、シャフトを伸ばし右手に構える、左手にはロザリオを携え、身には信仰の鎧を纏い、聖なる祈りを声に込める。


「大天使聖ミカエル、戦いにおいて我らを護り悪魔の凶悪なるはかりごとに勝たしめ給え。天主の彼治め給わんことを伏して願い奉る。天軍の総帥、霊魂をそこなわんとてこの世を徘徊するサタンおよびその他の天上の悪霊を、天主の御力によりて地獄に閉込め給え」


 祈りを終えるとセンは触手を自動警棒で打ち払う、するとぶつりと音を立て触手は両断され地に落ちた、ミカエルの加護は自動警棒に込められている。


 

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