プランB

「八日目迎えたパターンは、聞いたことないかも?」


 走りながらマホはわずかに考え目を細める。郊外の道路には不気味なほど人気は無く店先の閉まったシャッターや暗くなった看板からは明かりは漏れていない、周りを照らす明かりは街頭だけになっていた。


「でしょ? それに懸念点も二つ有るから、とりあえず時間を稼ぎたい」


 センはトリを抱えて走りながら器用に指を二本立てて見せる。


「一つ目は?」


「まず一つ目は本当に倒せるかわからないってこと、ルールと発生源があるタイプならいくらあいつらを倒しても意味がないしね。それに動きがそんなに積極的じゃないわりには、行動が早いから指示役なのか本体は別にいそうな気がする」


「ほうほう、んで二つ目は?」


「二つ目は、なんかこいつら生っぽいんだよね」


「……どゆこと?」


 マホの顔には怪訝な表情が浮かぶ、くりくりと動かす目は相棒の表情から正気を読み取ろうとしているようだ。


「……聞いたのお前だろ」


「懸念点を言い始めたのはそっちじゃん?」


 呆れたと言わんばかりにセンはため息をついた。


「居酒屋であったやつ覚えてる?」


「うん、あのキモい黄色フードね、忘れないよ顔面から触手生えてんのかと思ったうえー」


「あいつ、店員にもしっかり見えてたでしょ?」


「……あっ、確かに」


「それなのに目眩ましは効果あったし、封筒の感じやあいつの雰囲気は怪異ぽかった」


「ふんふん、なるほど混ざってるってこと?」


「そんなとこ」


「うーんそうなるとあんまり、バババーンとやっちゃうと不味いよね?」


「不味いだろうなぁ」


 センとマホはお互いに眉間にシワを寄せ考える、二人共品行方正とは言い難くむしろ組織ではぐれ者の部類だ。もし人の死体が出たら、それに自分達が関与しているとして、またそれが自分達が所属する関係各所や法的組織、またその死体の所属組織に知られたらと考えるだけで面倒くさいことになるのは明白だった。しかし友達の危機にそんなことは言っていられない。


「だから、そっちはプランB」


「おっけープランBね」


 二人は目を見合わせると今日一番の意思の疎通をみせた。


「でもさー相手が生だったとして、なんで七日とかに拘るんだろうね?」


「さぁ変態の考えることだし、でも相手がルールに拘るならこっちはそれを使わせてもらうだけだよ」


 待ち構えていたかのように目線の先では黄色いレインコートが、整備されていない街頭に照らされ明滅する。


「まずはプランAで時間切れを狙うのを第一に考えるよ」


「時間稼ぎを第一にってことね」


「そう!」


「ってちょっとー!?」


 センはトリを抱えたまま、マホを置き去りにすると、人気の無いアンダーパスに飛び降りた。センの叫び声と生暖かい風がアンダーパスを吹き抜け黄色い影がセンの目の前にぬらりと現れた、センはそのまま勢いをつけて壁面を蹴り上がり壁を走り抜け、黄色い影を背後に置き去りにする。


「大丈夫だよトリ、私が絶対守るから」


「あっ、ありがとう」


 トリは頬を赤らめると、潤んだ瞳でセンの目を見つめる、熱を帯びた吐息がセンの首筋をなぞる。


「私を置いて行ってなにしてるわけ!」


 雰囲気を破るマホの声がアンダーパスに反響し、複数の軽い足音がセンとトリに近づく。大量の黒猫が一枚の動く絨毯のように群れをなし、重量を無視した動きでセンを追い抜いた、黒猫の絨毯の上にはマホがぺたんと座っている。

 

「“まだ”、なにもしてないけど?」


「”まだ“ってなによ”まだ“って!? トリも満更でもないって顔してるし……まぁいいや、取りあえず乗って」


 マホは軽く杖を振ると黒猫の絨毯はモコモコと動きフォーメーションを変える。走るセンをそのまま飲み込み二足歩行の黒猫数匹が器用にキャッチすると群れの絨毯の上に座らせた。


「マホちゃん……なにそれ?」


「可愛いでしょ、私の使い魔ちゃんなの。 あっでもこれ他のみんなには内緒にしといてね約束だよ……?」


 マホは桃色に光る瞳でトリを見つめる、顔は笑顔だが目は笑っていない。


「うっうん、言わないよ絶対!」


「よかった、トリの記憶は消さなくて済みそうだね」


「その方が私も助かる」


 センはキリっとした顔で真っ直ぐマホを見つめていた。


「ううっ約束しちゃったからには、消せないんだよねぇ……」


 マホはブツブツと言いながら頭を抱えて走る。


「マホちゃん!前!前見て!」


「んあっ?」


 マホが前を向くとアンダーパスを抜けた先の十字路で黄色いレインコートが三体、正面の道をふさぐように待ち構えている。


「あれぐらいなら躱せるから大丈夫だよ、むしろ真っ直ぐ行かれたくないみたいだし突っ切ってやろう!」


 マホが杖で指示を出すと黒猫達はぐんぐん加速していく。アンダーパスを抜けたその時、聴いたことのない不快な笛の音が辺りに木霊する。


 人気の無い十字路に生暖かい風が吹き下ろされると、上空よりそれはあらわれた。大きさは大人二人分ほど、昆虫の様な腹と触覚を持ち頭部は鰐のようだが、全身は毛のない哺乳類のような肌に覆われ、手足は四本そのどれもに鋭い鉤爪が生えている。背中に生えた蝙蝠のような翼は飛行しているのに全く動かない。


 この不気味な生き物は黄色いレインコート達を一瞥すると、金切り声を上げ右側の道をふさぐようにマホ達に襲いかかってくる。


「うわっ!?何コイツ、キモっ!」


 マホは急いで使い魔に方向転換させると、唯一塞がれていない方向に走らせる。


「啖呵切ったのにな」


 センは背後から手を回してトリの目を塞いでいる。


「だってキモかったんだもん! 背中がゾワゾワする、私絶対無理!!」


「マホちゃんなにがあったの、なんか凄い音するけど……?」


「キモい生き物に、絶賛追われてるよ!」


 マホは群れから引き抜いた黒猫をトリの顔面に押し付けると目隠しにし、ついでに耳も塞がせる。等間隔に並んだ街灯が照らす化け物は、蝋燭を順番に吹き消すように少しづつその距離を詰めていく。


「あいつ速くない?」


「ビアーキーだからね、結構速いよ」


「センの知り合いなら、ちょっと待ってもらえたりしないの?」


「あんまり仲良くないから」


 センは煙草に火を付けるとゆっくりと煙を吸い込み、十字を切ると煙を吹き出す。


「お客さんうち禁煙なんですけど?」 


「緊急事態だし、本物の猫ちゃんじゃないんだから大丈夫でしょ?」


「背に腹は代えられないかー!」


「これぐらいでマホはへばったりしないでしょ?」


 センは独特の匂いの煙を吐き出すと、静かに歌うように祈りを天に捧げる。


「猫ちゃん達、頑張って! 目眩ましがきいてる間にあの倉庫までは走るよ!」


 煙と祈りの目眩ましでビアーキーはこちらを見失っているが、かわりにマホの使い魔も聖なる力ので弱ってきていた。魔の物である魔女の使い魔は祓魔の対象だ、使い魔たちからしてみたら主人を守るためといえ突然背中の上で焚き火をたかれた様なものだろう。


 なんとかマホの使い魔達は力を振り絞ると廃倉庫に転がり込むのだった、廃倉庫の中に埃が舞い上がり屋根の隙間から照らす月明かりを斑に揺らす。

 マホはここまで頑張った使い魔達を労い杖を振り、ぼんやりとした宙に浮く光球で明かりを灯すと使い魔を自分の影の中に潜り込ませ休ませる。 


 灯りで照らされた廃倉庫の中はかろうじで屋根は有るが、内装は全て運び出され地面は剥き出しのコンクリートに土埃が積もり、壁には色褪せたラクガキだらけで荒れ果てていた。

 人目などほとんど無く怪しい集団が潜伏するにはもってこいだ、ここに誘導されたということは、この辺りになにかが有るのだろう。怪しい集団が人目を避けた場所で誘拐までしてやりたいなにかが。


 疲れ果てたトリを座れそうな場所に座らせると、マホは鞄から魔法瓶に入った温かいお茶を手渡した、使い魔の黒猫をブランケットに変化させるとそっと肩にかける、トリは放心状態で震えていた。

 怖くて当然だストーカーというだけで怖い、それが理由のわからないナニカなのだもし、もしも捕まってしまったらどうなるか、考えれば正気ではいられないだろう。


「ちょっと休憩ってわけには、いかないんだよね多分これ」


「無理だろうね、なんだったら周りを包囲されててもおかしくは無いし」


「なんでこっちの場所わかるのかな?」


「そのための六日間のストーキングなんじゃないかな、なにかの術のマーキングとか?」


「変な術だしあんまり同業者っぽくないんだよなぁあいつら……。そうだ、センってさずっと煙草吸い続けられないの?」


「私はコンスタンティンじゃないから無理、かわりにトリの周りには守護は作ったよ」


「おっやるじゃん」


 現在時刻十時七分マホはスマホで確認すると天井の隙間から空を見上げた、日付が変わるまで約二時間程ここで籠城することになるだろう。そもそも八日目を迎えた所でどうにかなるのだろうか、カルト集団が律儀に締め切りを守るとは思えない。それに生贄の儀式でもしたいならわざわざストーキングする意味も、都市伝説を流す意味もない、あの化け物で適当にさらって来れば済む話だ。


「ぶっちゃけ、センはどう思う?」


 マホは数体の疲れていない使い魔を影から出すと廃工場の暗がりへと走らせる。


「なにが」


 しゃがみこんだセンは火のついた煙草を香のかわりにして、トリのために祈りを唱えていた。優しい韻律が廃工場に満ちる、柔らかな明かりで照らされたセンの横顔は対象的に険しかった。

 

「プランAよ」


「それは私も思ってた、相手は邪教だ私は見誤ったよ……」


 衰弱し始めたトリの汗をセンはハンカチで拭う、ただの疲労だけでこうはならないのは経験則でよく知っていた、だが気が付けなかった。近いだけで違う知っているもので例えるなら、ある症状に近い悪魔憑きと呼ばれる症状に。


「そうかもね、でもまだプラン残ってるでしょ?」


「プランB?」


「そうプランB、さっさと首謀者の頭かち割ってさ みんなで朝まで飲み直そうよ、こんな記憶はお酒と共ににおさらばしよう」


 マホはニカッと笑顔を作るとセンの肩に両手を置き笑いかける。温かいものが、マホの優しさがセンの肩から胸に流れ込んでくるような気がした。


「……あんた今魔女の業使った?」


 「いやいやいやー、センさん私なりの優しさだよ?」


「そんなの使わなくてもマホの優しさはわかってるよ、とりあえずありがとう」


 マホは丸く目を見開いた。


「なんか今日素直じゃんどしたん、話聞こうか?」


「おどけて誤魔化すんじゃないの」


 センは立ち上がり体についた埃を払う。


「はいはいっと」


「じゃあプランB始めようか」


「んじゃプランBやりますか!」


 廃倉庫の周りでは統一されていない、ぶつぶつとした声の輪唱が近づき、飛び回るビアーキーは耳障りな音を廃倉庫の上空にまき散らす、耳障りな旋律にデタラメな輪唱が加わる、耳障りな騒音だが意思は統一された一つの生き物のようにトリに近づいて来ていた。

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