イエローチェイス

「……お連れさんでは無いみたいですね、雨も降ってないのに変な人だなとは思ったんですが、この品はこちらで処分しておきますね」


 店員はできるだけ関わり合いになりたくないのか、注文の品を盆に乗せるとそそくさと店の奥に消えていった。


「これ、ヤバくない……?」


 トリは声が出ないように口を手で抑えているが過呼吸気味になっている、瞳孔が開き今にも涙がこぼれそうだ。


「マホはトリの隣に座って落ち着かせてあげて、私はちょっと考える」


「りょ」


 小さく敬礼をしたマホはトリの隣に座る。震えるトリの肩を抱きよせ手を握り、耳元で優しい言葉をかける。言葉は意思を持ったかのように甘くトリの耳元を撫でると、温められたバターのように溶け込む。


「トリ、落ち着いた?」


「ありがとう、マホ……」


 トリは今にも泣き出しそうな声を震える喉から絞り出していた。


「どーいたしましてー、私達がついてるから安心してね。 センはどんな感じ?」


 センは渋い顔をすると、煙草を懐から取り出し火をつけた。


「この店が喫煙できてよかったよ、トリちょっと我慢して」


 そう言うとセンは二人に煙草の煙を吹きかけ、数度ネックレスに触れ何か唱えた。


「とりあえずの目眩ましってこと?」


「そういうこと、隙見て逃げるよ。マホ財布出して、荷物まとめといて」


「アイアイサー!でも、なんで支払い私なんよ?」


「電子マネー派だから現金なくてさ、緊急事態ってことで」


 マホは釈然としない顔で財布から現金を取り出し、荷物をまとめる。カウンターに座る黄色いレインコートの男は頭を揺らしこちらの席を確認すると、カウンターから立ち上がり、ゆっくりとこちらの席に近づいてくる。


「トリ、大丈夫、大丈夫だから落ち着いて、私達がいるよ。私達だけを見て悪いことを考えないで、足に力を入れて息をしっかり吸うんだよ」


 マホは震えるトリを落ち着かせる、頭から肩へ、そして腰から脚へ手で触れながら温かい言葉を送り込む。


 レインコートの男は席の真横まで近づくと、こちらを覗き込んだ。暗い漆黒のフードの中からは影が触手のように伸びる、のたうつ視線は空間を舐め取り味を確かめるように不快に動く。

 レインコートの男は不思議そうに頭を揺らすと店の奥のトイレに入っていく、わずか数秒の出来事が明けない冬の用に永く感じた。


「トリ、走れそう?」


 マホの声はわずかに震えていた、握られた手からは血の気が引き冷たくなっていたが、先程より強く握られている。トリはマホの手を握り返した。


「走れる!……と思う……」


 額に汗を浮かべたセンが目で合図を送る。


「逃げるよ!」


「ごちそうさまでしたー!」


 マホはトリの手を引くと勢いよく、伝票と代金をレジのカルトンに置き去り走り出す。センはその後煙草の火を消し、煙をトイレの方に吹き出すと残った荷物を抱えて続く。


「とっとりあえずどこ逃げるよ!?」


「わからん!とりあえず走れ!」


 三人は居酒屋を飛び出し最初の角を曲がる、店の街頭に照らされた走る影が長く伸び薄くなる、やがて影は雑踏に紛れて消えていく。

 

 暫く走りまた角をいくつか曲がった、そこそこの距離を走ったからだろう、トリは軽く咳き込むと肩で息をしていた、マホとセンは足を止め辺りを見回す。人気の少ない道だが休憩するなら、ある意味邪魔にならなくて丁度いい。


「わたっ、私もうだめ……」


「大丈夫、トリ?。 はいお水、むせないようにね」


 マホは鞄から水の入ったペットボトルを取り出すとトリに手渡す。


「ありがとう、マホちゃん……」


 トリはゆっくりとペットボトルを傾ける。


「セン、あいつ追ってきてる?」


「後ろは大丈夫、ただどうするか……」


「サクッとやっちゃおうよ」


 マホはシュババッっと空中にパンチを繰り出している。


「……そう簡単なもんかな、さっき居酒屋で言ってたでしょ『黄色い雨がっぱ』ってやつ」

 

「……そんなん言ってたっけ?」 


 マホは顎に指を当てると小首をかしげる。


「記憶走ってるうちに落としてきたわけ?拾いに戻る?」


「おっけー思い出した、黄色い雨がっぱに付きまとわれると七日目に連れて行かれちゃうってやつだよね?」


「そうそう、それ」


 不意にトリがペットボトルを地面に落とした、潰れた水音とトリの怯える声がマホとセンを引き戻す。


「センのバカ、トリ怖がっちゃってんじゃん!」


 マホはぷりぷりと怒りながらトリの側に近づいていく。


「ちっ違くて……まっマホちゃん、あっあれ……」


 トリは震える声と指で視線の先を指さした、そこにはゆっくりと歩く黄色いレインコートの男がこちらに向かって来ていた。レインコートのフードの中にある闇を上空に向かって小刻み震わして歩く姿はイヌ科の動物が匂いを辿っている様に似ていた、まるで狼のような。


「ひょっ!?」


「逃げるよ!」


「えっ、わっ!?」


 センは驚いて固まるマホを尻目に、トリを抱えあげるとまた駆け出した。背後で鱗が擦り合わさったような不快な音が聞こえる。


「トリ腕を首に回して、しっかり捕まっててね」


「はっ、はい」


「普通に追いかけてくるのは聞いてないじゃーん!」


 涙目になりながらマホはセンに追いつく。


「ストーカーなら調べた情報を使って待ち伏せてると私も思ってたよ!」


「経験者は語るってやつ?」


「された方な!!」


 幸い追いかけてくる速度はたいしたことは無かった、歩くような速さで闇が這い寄ってくる。


「変な女に手を出すからだよ、あだっ」


 曲がり角を曲がるとセンは走るのを止め、マホはそれにぶつかる。


「急に止まらないでよ、って……!?」


 目の前の通りに同じ黄色いレインコートの男がゆっくりとこちらに歩いてきている。二人が走ってきた通りを振り返ると、さっきの男もこちらに向かってゆっくりと歩いてきていた。


「……御兄弟?」


「冗談言ってる場合か……」


「じゃあとりあえずこっち!」


 黄色が見えない方に向かって走る、走らされている。


「嫌な予感がする……」


 その後、何度も黄色いレインコートと鉢合わせしその度に進路を変えた。追いかけてくる影はゆっくりと確実に獲物を追い詰めていく。


「どんどん人気が無い方に誘導されている気が……ううっ」


 トリは目に涙をため、声は震えている。センを掴む腕には力がこもる。


「ねぇマホこいつら倒せると思う?」


「うーん思ってたんと違うから、どうだろうやってみる?」


 マホはどこからともなく小さな杖を取り出すと、瞳に桜色の光が灯る。


「……それはプランBでいこう」


「プランAは?」


「その都市伝説って八日目迎えたバージョンってある?」

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