腹黒末期
三屋城衣智子
腹黒末期
その日、男は焦っていた。
こんな症状は今まで出たことがない。
これまでも少し、なってはいたが、医者に行っても異常は無かった。
五体満足、五臓六腑も健康そのもので、気の迷いと言われて帰ってきていた。
それが今はどうだ。
そこそこに有名な内科のある病院へと駆け込み、順番をとって待合室に座る。
時間が経つうち、自然と片足が小刻みに床を踏み締めていた、何度も、何度も。
「ちっ……!」
イライラしている、しかしそれを止める術を、男はもう持ち合わせていなかった。
「ちょっとすいませんがね」
おもむろに、退院するご老人に付き添っていた看護師を捕まえて
「もう随分と待っているんですがね。いえわかっているんですよおたくだって仕事でわざとじゃないっていうのはね。けれどどうにも長すぎやしませんか。ここの病院は総合病院とはいえ救急指定病院でもなく、評判もほどほどで混むほどじゃないって口コミにもあるじゃありませんか、一体なぜこれほどまでに待たせるのか説明してもらえやしませんか」
「えっと、あの」
「わかってますわかってます、ここの内科がまあまあ有名なのは。けれど確か医者は二人いたはず」
「受付番号票はお持ちですか?」
看護師は戸惑いつつも、業務の一環である手順にのっとり男へたずねた。
彼はイライラしながら番号の印字された紙を懐から出す。
「順番を確認しますのでお待ちください」
言うと、看護師は足早にその場を去った。
しばらくすると、番号が呼ばれた。
順番は確かに順繰りと進んでいたらしい、看護師が役に立たなかったことにイライラしながら、男は診察室へと足早に向かった。
「どうされましたか」
初老の医師が聞いてきた。
「とにかく助けてください。風貌が胡散臭かろうとも、あなたはこの筋の第一人者だとネットに書いてありました。私はこのままでは困るのです、この、思ったままを口に出してしまうままでは、営業の仕事がままなりません。これまでは、ギリギリの予算と預貯金のOLなどに老後の安心の謳い文句と共に事故物件などを気持ちよく買っていただいて、引越し費用もないため文句も言わずローンを返していただいていたのです。それがここのところなんでも口にしてしまうので、売れるものが売れません」
「ふむ、症状はいつから?」
「最初は十年前になるでしょうか。その時は気の迷いと思いまして。その後徐々に。おかしな時があったのですが、なんとかなってきたのです。実際、どこの病院に行っても、非常に元気だと言われまして、なんの病気の影もありませんでした」
「十年……思ったまましか、出なくなったのはいつですか?」
「ひと月ほど前からです」
「それはいけない、命の危険があります。CTを撮って、場合によっては緊急手術をしなくてはいけないかもしれません。早川さん、すぐに検査をねじ込んできてください」
「はい、わかりました」
指示をされた看護師が診察室を後にし、にわかにその場が慌ただしくなった。
「同意書にサインを」
「わかりました」
男は藁をも縋る思いでサインをし、急ぎのCTを撮られ、影がうつっていたので緊急手術となった。
「それではオペを始めます、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
お腹へとメスが入っていく。
「……もう、末期でしたか」
「あっ」
看護師の声が漏れ出る。
そこには、真っ黒な大腸がうねうねと意思を持っているかのようにとぐろを巻いていた。
腹黒末期 三屋城衣智子 @katsuji-ichiko
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