第6話 えんため

「テレビ局に入るのってはじめてだよ」

「私は以前の契約者様がプロデューサーでしたので、久しぶりです」

「プロデューサーも飾りたいんだ」

「プロデューサーだからこそですよ」


 少し考えてみればプロデューサーっていう特殊な職業になるという事はそれ相応に自己承認欲求が高いのかもしれない。それにプロデューサーは基本的には目立たない位置だ。演者を際立たせるために欲求が募るのも理解出来る。


「ここだね」


 番組名が書かれた扉の前に訪れた。

 悪魔ちゃんと認識されない状態では、気にされないものの存在は認知されている。もしかしたら、入れないかもと思ったが、普通に入ることが出来た。

 気にされないと言うよりも認識を変えてるのかもしれない。


「はじめは首をぶっ飛ばそうかなぁ。景気よく」

「いいですね」


 スタジオ内は大きく盛りあがっていた。お笑い芸人によってチャレンジ企画が行われていたらしい。

 ニュースや感動話の時よりも、子どもも、大人も、色んな人が見ているだろうな。絶好のチャンスだ。

 だから、今、画面に映っているアナウンサーに向けて人差し指を向けた。拳銃のポーズだ。


「ばぁん」


 言葉と共に反動を表して指先を反らすと、アナウンサーの顔が破裂した。カメラの撮影状況を映し出すディスプレイがほのかに赤く染まる。


「こんにちは〜スペシャルゲストです!」

「大型企画やるなら旬のゲスト呼ばないと」


 事態の急変に飲み込めないのだろう、ざわついたスタジオ内の視線がボクに集まる。ここにボクが居るということが何を示しているのか理解したのだろう、スタジオ内は混乱に満ちていて、外に出ようと走り出す人も出てきた。


「しらけるなぁ」


 逃げてるのを追いかけるなんて、疲れるだけで面白くない。だから、扉を封鎖することにした。

 扉に向けて人差し指を向け、クイッと曲げると扉の前にパステルカラーの鎖が現れる。


 悪魔ちゃんになって、場数を踏んでいくうちに理解したこの力、ボクの人間的な欲求を満たすためなら、どんな不自然だろうと叶える魔法のような力。

 これさえあれば、どんなイメージが浮かんでも再現出来る。


「さて、みんな、どうしようかな」


 周りを見回す。流行りの芸人さんと人気のアイドルと有名俳優、色んな一線級の芸能人たちが集まっている。そのほとんどが歴史に名前すら残らない存在なんだけどね。


「まずはアイドル」


 まず、アイドルは画になる職業だから、絵になればいい。手のひらにマシュマロのようなハンマーを作り出し、壁に叩きつけた。マンガみたいにぺったんこになったアイドルに向けて、その人のイメージカラーの額縁で装飾してあげた。


「次、俳優とか」


 俳優は皮を被る職業だから、去り際くらいは自分で居させてあげよう。逃げ惑う俳優を押し倒し、馬乗りになる。大きなオレンジ色のピーラーを産み出し、恐怖に歪んだ顔に向けて、ピーラーを置く。あっという間に皮はなくなり、本来の自分の姿になった。人の本質ってこんなにグロいんだ。


「芸人さんとか?」


 お笑い芸人って、縮めて呼ぶとさん付けにしちゃうな。別に尊敬とかしてるわけじゃないんだけど、不思議だね。

 お笑い芸人は笑わせる職業だから、面白おかしくしてあげよう。面白おかしくか、太っている人とかよく笑われてるし、子どもって風船好きだよね。ぷかぷか浮かんだら面白いかもしれない。

 ボクの前を横切ろうとした芸人に足を掛け倒すと、おしりに向けて空気入れを差し込んだ。空気を送り込んでいけばいくほど、体はパンパンに膨れ上がっていきぷかぷかと宙に浮かんだ。


「あんま面白くないね」


 筒で矢を吹くと、パンッと軽い音を立てて割れた。臓物の紙吹雪がド派手に散らばる。いや、紙じゃないか。肉吹雪?


「タレントさんか〜」


 タレントって何する人なのかイマイチわからない。バラエティとかによく居るけど、何となく賑やかしみたいなイメージ。賑やかしならどうでもいいか、後回し、つまんないし。


「ま、あとは赴くままに」


 一番手に馴染むのはナイフだ。ボクの絵が書かれる時はナイフが添えられてることが多いし、実際にナイフは直感的に動かせるから大好き。扇子で皮を吹き飛ばしたり、網でバラバラにするのもいいけど、ナイフの方が地に足がついてる気がする。


振れば傷つくし、投げれば刺さるし、刺せば吹き出る。それに、小さいってのが一番可愛い。


「よぉし、ラスイチ!」


 最後はカメラマン、最初は戸惑っていたみたいだけど、もう覚悟を決めてボクの勇姿をカメラに収めてくれた。さすがのプロ意識、最大限の敬意を払わないとね。


「最後まで撮っててくれて、ありがとうね」

「う、うぅ」

「あれ、返事は?」

「ど、ど、どうも」


 何を怯えているのか知らないけど、わざとらしくガクガク震えている。


「落ち着いていいよ。悪くはしないから」

「は、はい」


 まだ怯えているし、話も続かない。悪くしないって言ってるのに、こんなに怯えられる筋合いはないんだけど。ま、そういうこともあるだろう。


「どうなりたい?」

「ど、どうって」

「どうなりたい?」

「……生きたいです」

「ダメ」


 プロ意識を見せて、最後まで撮りたいですって言うと思ったけど、想像以上に普通の人だった。もしかしたら、怖くて怖くて本能を叫んだだけかもしれない。もっと、プロ意識を引き出せる方法、


「貸して」


 カメラを受け取って、相手に向ける。想像の何倍も重い。


「名前は?」

「江藤淳平です」

「職業は?」

「プロデューサーです」

「カメラマンじゃないの?」

「カメラマンは逃げて、殺されて、だから、代わりに、最後までテレビマンとして」

「覚悟決めたんだねぇ、偉いよ」

「そ、そうですか?」


 まだ、覚えているけど緊張はほぐれて来た気がする。ボクはニンマリと微笑むと、目の前のプロデューサーはぎこちなく微笑み返してきた。


「どうなりたい?」

「生き」

「それ以外」

「そ……なら」

「目立ちたいです」


 プロデューサーの目尻には涙が溜まっていた。涙を流してまで望むのが、昔のボクに似ている。いや、似てないか。

 でも、彼は自分の役割を最後まで貫き通した。ボクの姿がカメラに映っているのも、彼のおかげだ。

 ここまで頑張ってくれた敬意として、彼にはボクが考える最上の結末をあげよう。


「じゃあね」

「……はい」


 少女小説のような可愛さとグロテスクが共存した最高に可愛い日本刀を生み出し、彼の叩き割るように切りつけた。すると、彼を着飾る洋服はボクと同じものに変わり、そして、縦からぱっくりと二つに割れた。可愛いじゃん。


「うん、気持ちいい」

「スッキリしましたか?」


 いつの間にか消えていた彼女は、すぅっと、どこからともなく現れた。


「うん、軽く運動した感じ」

「それでさ、前の契約者のスポンサーってどんな人?」


 彼女は最後に作り上げたプロデューサーを指で示した。最後の言葉といい、確かに虚飾って感じの人だったな。


「満足出来ましたか?」

「うーん、まだかなぁ」

「だって、見てないもん。反応」


 可愛く彩られたスマホを取り出してSNSを開いた。SNSのトレンドランキング一位は勿論、ボク、悪魔ちゃん。

 名前をクリックして開けば、賛否両論の嵐、肯定もあれば、否定もある、言葉を失っている人もいる。ただ、一つ、共通していることは皆が口を揃えて「前例がない」「前代未聞」と言う意味の言葉を書いていること。

 正しく、歴史に名を刻み込んだ証拠であり、ボクが何者かになれた理由だった。


「如何ですか?」

「うん! 満足!」

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