第5話 りゅうこう
最近毎日、東京に来ている気がする。家は田舎にあるから、必然的に若い人がいない。お年寄りを終わらせてもいいのかもしれないけど、気乗りはしない。位置エネルギーと運動エネルギーではないけど、寿命が遠ければ遠いほど、その人の最後は彩られるような気がするから。
街頭テレビを見上げた。宣伝ではなくニュースが映っていた。アナウンサーの横にド派手な見た目の子が居る。ボクの写真だ。
『女性殺人鬼『悪魔ちゃん』の被害者多数』
ニュースの下部にはそう書いており、アナウンサーはスタジオの社会学者に話しかけた。
「過度に華美で整った顔立ち、その見た目とキャラクター性から若者の間では一定の人気があるそうです」
「しかし、命が失われている以上、我々は彼女を認めるわけにはいきません。早急な逮捕を求めます」
見つからないよ。だって、凶器を持ってない時、みんなは僕を『悪魔ちゃん』として認識出来ないんだから。
クラブハウスの一件以降、色んなところでボクの人間らしい欲求を満たしていた。スクランブル交差点でもそうだし、電車の中とか、図書館とか、インスピレーションが浮かぶがままに行く先々で事を起こした結果、防犯カメラに捉えられた姿が流出した。
どうやら、ボクの姿は若年層などの専門家の言う『倫理が育っていない層』に刺さるみたいで、若者の中で爆発的に広まった。その結果として付けられた名前が、角のカチューシャをつけているから『悪魔ちゃん』だ。安直だけど嫌いじゃない。
SNSではボクに関するトピックが連日連夜繰り広げられていた。人によって捉え方が変わるようで、ボクのことを『悪を断ち切る執行人』と語る人もいれば、単純に『快楽殺人鬼』と捉える人もいる。他には革命家とか、妖怪とか、陰謀とか、色んなことを考える人がいる。どれも正解ではないし、何なら見た目で付けられた名前の方がボクの心を捉えているけど、自分のことを談義されることは気持ちがいい。
「悪魔ちゃんの啓示見た?」
「悪魔ちゃんの言葉は生きづらい現代日本人を支えてくれる」
少し前にSNSを開設したら瞬く間にフォロワー数は急激に増加した。そのうち発言が啓示とかそんな風に神格化されることになって、何気ない言動が深読みされるようになった。適当に吐いた言葉がちやほやされるのは少し怖い。
ただ、SNSを始めたことが収入源にもなった。
「悪魔ちゃんの自伝、『飽くまで』発売決定!」
「悪魔ちゃんTシャツ発売!」
出版社やメーカーからオファーが来てグッズ類を発売できるようになった。カザりから貰った力は、お金の流れでボクを捕まえることが出来ないようで、無事に入金された。それ以来、お金には困っていない。
「テンキーの悪魔ちゃんカチューシャ粗悪すぎ」
「あれ買うならエーゾーンの方が」
中にはこう言う便乗商法も跋扈している。なりきりグッズは一定層の需要があるらしく、粗悪品が乱造されている。これに関しては特に何とも思わない。欲しい気持ちはわかるし、有名配信者と同列に並べているような気がして、心做しか満たされる感じがする。
「素晴らしいほどに名を挙げましたね」
「まぁね」
「どうですか? 気持ちは」
「満たされましたか?」
「うん、前よりは」
カザりはわっと手を開いて喜びを表現した。レンズも嬉しそうにキュルキュルと回っている。
「でしたら、こちらの」
「でも」
懐から何かを取り出そうとしたが、カザりはボクの言葉を聞いて手を止めた。キュルキュル回っていたレンズも止まると、「まだ欲望は収まらない」と尋ねてきた。ボクはすかさず頷いて肯定する。
「まだ、ただのインフルエンサー」
「インフルエンサーは忘れ去られていくんだ。ボクは違う」
「忘れ去られないほど人の記憶に深く深く刻み込むような」
「そんな人間になりたい。悪魔と言う概念を書き換えるほどの強い存在に」
「素晴らしい! まだまだ楽しめますね!」
興奮気味にいつもより速くレンズを回っている。
「私にお力添えが出来ることがあれば、何なりと!」
「……考えがあるんだ」
街頭テレビが切り替わった。華やかな演出と共に発表されたのは毎年恒例の長時間生放送番組。今回は東京都内の街頭テレビをジャックして映像を流す。そんな大型企画をやるらしい。
「みんなに見てもらえば、みんなの記憶に残るよね」
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