第2話 ぶろんど
近くにコインランドリーを見つけた。東京は毎日歩いているはずなのに、興味のないところ以外はどこに何があるのかもわからない。
このコインランドリーの前も何度か通っているはずなのに、一切、記憶になかった。
古めかしいコインランドリーで恐らくは昔からあるのだろう。東京で家賃も高いから、こんなところに来る人って居るのかなと思ったけど意外にも使用中の洗濯機が多い。
高い家賃で住んでいる人が洗濯機を持っていないことがあるのかと思ったけど、冷静になって考えてみれば、普通にネカフェ難民とか安宿泊まりの人が使っているんだろうな。
ボーッと外を見ていると、お店の前をブロンドの髪をなびかせた高慢そうな顔立ちの少女が横切った。端正な顔立ちで思わず視線が奪われる。それと共に視界がぐわんと歪み、持っていた飾り気のないカバンの中を見た。
とても綺麗な少女はどんな風にしたら満たされるのだろうか、鞄を漁りながら店の外に出て、彼女の背中を追う。彼女はしばらく歩いた後、ゲームセンターの中に入っていった。
気づかれない程度に距離を保ちつつも追っていくと、彼女は飲み物を買ってから、音楽ゲームの筐体の前に立った。
そこで、彼女の終わりをイメージし終えた。
彼女と同じ飲み物を購入して蓋を開ける。飲み物中に下剤を少量入れて撹拌する。彼女がゲームに夢中になっている隙を見てペットボトルを交換すると、そのまま女子トイレの中に走った。
洗面台の栓を入れ、辺りを見回すと、洗面台の前に掃除用具庫があった。
必要な道具があるのと。隠れ場所として最適だと即座に判断し、足で開けて中に入った。想像通り、用具庫の中にあったゴム手袋を手に嵌めた。
息を潜めて、外の音を聞く。しばらくすると、おそらくは彼女のものであろう性急な足音が聞こえた。
彼女が個室に入ったのを確認すると、用具庫の中から清掃中の看板を取り出し、入口に立てかけた。
彼女が入る個室の前に立つと、彼女が買ったペットボトルを開けて、甘ったるい飲料を個室の中に注ぎ込む。
「誰!」
ペットボトルを洗面台の上の見える位置にわざと置き、忍足で用具庫の中に入った。
外の様子を伺うと彼女はバタバタと外に出てきて、鬼のようなキョロキョロと辺りを見回している。すぐに彼女はペットボトルの存在に気付き、洗面台の前に立った。
そこで、僕は勢いよく外に出るとゴム手袋越しに彼女の綺麗なブロンドの頭を掴み、洗面台の中へと叩きつけた。
「何! 誰なの!」
「喋らない方がいいよ。耐えられないから」
「誰、誰なの? 悪い冗談なら」
彼女の声を無視して蛇口をひねると、水がみるみるうちに溜まっていった。
彼女は僕の言葉の意図を理解したのが、ジタバタと抵抗するが、小さな体に見合った非力さで僕の力に勝つことは出来ない。
水が満杯になると、蛇口を閉めて、そのまま頭を抑え続けた。
少しの間、彼女の体は抵抗し続けたが、ある時を境にパッタリと動かなくなった。ただ、狸寝入りをしている可能性がある。気を抜いて反撃されたことが過去に二度ほどあった。
念には念をと、五分、スマホのタイマーをセットし、そのまま、相手を沈め続けた。
「……思ったのと違うな」
タイマーは時間を告げたが、水に沈んだ彼女は、思い描いていた彼女にあった美しさが欠落していた。もっと劇的で芸術的な姿だった。
何が足りないのかと、再び蛇口を捻ると水が溢れ出した。こぼれる水とブロンドの少女の抜け殻。その姿を見て納得した。
これが見たかった。
「うわ、靴濡れる」
コインランドリーでは靴は洗えないだろうし、これ以上、ここに居たらびちょびちょになるなぁ。プールかってくらい、浸水するまで見ていたいけど、靴汚れるのは嫌だし……
見ていたい欲求を振り切って、フードを目深に被って外に出た。
監視カメラとかあったら特定されそうだな。
トイレの中にあるとは思えないけど、トイレの外にはあるだろうし、一応、顔が見えないようにしているけど、心許ない。
どうせ捕まる時は捕まるのだから、どうでもいいけど、何となく美少女を終わらせたってのは変なレッテルが付きそうで嫌だな。
よく普通の人が考える痴情のもつれとか、そういうの。そうじゃないんだけど、これで捕まるとそうなりそうだ。普通に嫌だな。
「あ、これもう出てたんだ」
トイレから離れていくと、クレーンゲームの筐体の中に好きなアニメのフィギュアがあった。クレーンゲームは得意じゃないからな……でも、欲しいし。
「ま、折角だし……」
財布の中から百円玉を何枚か取り出して、投入口に入れた。すると軽やかな音声とアナウンスがなり、ボタンが点滅し始めた。クレーンを動かして、フィギュアの上に位置するように操作する。
狙いを定めてクレーンを下降させると、フィギュアを掴んだ。アームはフィギュアの側面をスルスルと滑り、掴まなかった。
手を替え品を替え、様々な方法でフィギュアを手に入れようとしたが、少しも動かない。
もう無理だと思ってクレーンゲームに背を向けると、大量の女性を引き連れた男がそのクレーンゲームに向き合った。
「俺、クレーンゲーム得意なんだよねぇ」
「え〜、やってやって!」
「見てて一発で行けるから」
お手並み拝見と男のプレイを見ていると、アームを巧みに使うと、フィギュアはくるりと回転し、出口にフィギュアを落ちた。有言実行だ。
あんなにモテて、クレーンゲームも得意なんだ。
彼は僕とは違う。僕みたいな社会の中に消えていく迷彩服みたいな人間とは違って、しっかりと自分を持っている派手な色の人間なんだ。僕も彼みたいになりたい。でも、そうはなれないとは理解している。
「……二人か」
二人を終わらせても自分の中の何かが満たされることはない。僕という白紙は赤くもなれない。ずっと、ずっと、中身も何も無い真っ白な存在。
頭上には真円の月があった。月はぼやけずにそこに居て、絶大な存在感を示していた。
月は人を見ている。月から見た人は、どれも同じように見えるのだろうか。僕も彼と同じ人間に見えているだろうか。
それとも、彼のような光り輝く人間は月から見ても特別なのだろうか。
こんなことを考えていても、どうしようもないから、考えるのを辞めたい。けど、思考は止まらない。
「電車賃、電車賃調べよう」
思考を誤魔化すために、強制的に別のことを考えようとした。乗り換え案内上では五百円と書いている。丁度、交通カードの残高がキレてたんだよな。チャージでもいいけど、めんどくさいから切符を買う。と思ったけど、財布の中を見たが明らかに足りなかった。
コインランドリー、ペットボトル、クレーンゲーム、無駄に散財してしまった。計画性もなく、ただ無駄に散財してしまった。
「どうしよう……あ、カード」
お金を下ろせばどうにかなるかな。次の給料まで長いんだよな。
待って、コインランドリー、勝手に出されてるかも。血が残ってたら、どうしよう。結構気に入ってたんだよな。あのカーディガン。高かったんだよな。
衝動で行動しなければ良かったな。失敗だ。反省しなきゃな。
いっつも反省してる気がする。
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