着飾れば虚ろなり
人子ルネ
第1話 むこせい
人混みの中に紛れている。
同じような顔の人間が集まる屑箱のような歩道の中で揉みくちゃにされる白紙な自分、誰でも出来るようなファッションをして、どこにでも居るような顔立ちで、パッとしないスタイルで、凡そ普通な仕草で、自然な足取りで、目立つわけでもなく、無個性に溺れて、ここにいる。誰とすれ違っても記憶に残らないような凡人がここにいる。
人類の末席に誰でもいいのに図々しく座っている。居ても居なくてもいい人畜無害で無知蒙昧で浅学非才な人間。
その癖、自分の立場に不満を持ち、何者かになりたいという野心を抱くような凡人、一挙手一投足、思考の端から端まで誰にでも真似できる。
名前よりも個体番号がお似合いな存在が、人混みの中で同じく個体番号がお似合いの人間たちと共に蠢いている。
僕を含めた全ての人が何かしらの意図があって歩みを進めるが、きっとビルの屋上から見下ろしたら、そんなことは意味のない行進でしかないのに、抗うことが出来ず社会の歯車になる。
人の手よりもつり革を握っている時間の方が長い、そんな無機物とともに暮らすようなヒトの群れの中で紛れる。
集団に自分を奪われていると、深層から僕の中で一際強い人間的な欲求が込み上げてきた。
歩を進めながら無個性を見回す。集団の中の一人を見て、彼と同じ道を辿る。無個性から際立った個人は、集団から抜け出し小道へと入って行った。きっとこの道が近道なのだろう。
ビルの狭間のどこにでもあるような薄暗い道、大幅に距離を詰めて、居酒屋の裏なのだろう積まれたお酒の空き瓶を手に取った。
気付かれない程度に歩調を急かし、エメラルドの宝石のような瓶を振り上げると、彼の後頭部に向けて勢いよく振り下ろした。
砕け散る空き瓶、鋭利になったそれを続けざまに傷口へと振り下ろした。しばらく何度もそれを繰り返していると、痙攣していた彼の体は静かになった。電池が切れたらしい。
僕に気付いて消えたのか、気付かずに消えたのか、他人である僕には判断出来ないが、蝋燭が尽きた故人は声を出さなかった。声を出されていたら捕まるリスクが増えていた。最も捕まりたくないと思っていたらこんなことをやっていないが、どうやら、運が僕を生かしてくれたようだ。
捕まって箔が付くのなら捕まっても良かったのにな。
死なないと名は貰えないのかもしれないね。死んでも金を払わないと良い名前は貰えないって聞いたことがあるな。僕の親は熱心な信徒ではないし、そこら辺の誰でも貰うような戒名になるんだろうな。
死ぬのも割に合わないか。死んだら人の中から消えるだけで、僕みたいな生きているのかどうかもわからない虚像は死後評価なんてされないだろうし。
「……服汚れた」
手で払おうと触れたらベッタリ手についてしまった。汚いし臭い。警察に見付かったら面倒だな。
着ていたカーディガンを脱いで血が見えないように畳んだ。秋口でよかった。夏場だったら上着を着てないだろうしさ。
それに、中のパーカーまでは浸透していなかったのが幸いだ。
「コインランドリー……あるっけな」
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