第29話 鋼鉄の夜宴②

正暦1011年10月1日深夜 ポート・マルス沖合


『くそ、「クリームヒルト」がやられる!』


 上空で、ラーベが漏らす。空爆と制空権奪取の任を帯びて襲い掛かってきたケルティア空軍の戦闘機を、どうにかエンジン不調を直して上がってきた3機の〈クレーエ〉及び増援の〈ライトニング〉とともに全て叩き落とした後、敵艦隊への攻撃に参加しようとしていた。


『どうする、敵戦艦に直接攻撃を仕掛けるか?』


「いえ、リスルス級戦艦の装甲は戦車のそれに比して装甲が分厚いし、内部も頑丈よ。味方巡洋艦と駆逐艦に攻撃を仕掛けてる艦を優先的に潰す」


 現在、第3艦隊の巡洋艦と駆逐艦の半数は対艦ミサイルを温存しており、対潜水艦攻撃に用いられる魚雷もそれなりにある。であればそれらと同格の敵艦を潰して頭数を減らした方が手っ取り早い筈だ。


 2機は機体を斜めに傾けながら降下し、駆逐艦1隻を追い掛け回す駆逐艦2隻を照準。同時に『ミョルニル』を放つ。


「敵機直上!」


「何っ―」


 敵駆逐艦の艦橋で見張り員が叫び、しかし直後に砲弾が命中。内部がズタズタに引き裂かれる。同時に『バルムンク』レーザーが砲塔を貫通し、爆発。火柱が二つ、夜の海を照らす。


「敵駆逐艦2隻、炎上!フェンリル隊の攻撃です!」


「今のうちに敵戦艦に接近!距離1万で放て!」


 ディムロ艦長は即座に指示を出し、「ラーズグリーズ」は敵戦艦へ迫っていく。が、そこに1隻の巡洋艦が突入してきていた。


「おのれ、汚しやがって!」


 巡洋艦「アストルフォ」の艦橋で、艦長のブルータス中佐は叫ぶ。彼は『海戦はミサイルではなく砲撃で勝敗を決するものだ』と論じている変人で、それ故に秀才ながら旧式艦の艦長をやらされているというものだった。


「奴らは土足で上がりやがった、真っ白なシーツで完璧に整えた、俺のベッドの上に!主砲、奴を「リスルス」と「ジャン・ベルヌ」に近づけさせるな!撃て!」


「艦長、右舷より敵機接近!恐らく〈鴉〉です!」


「対空、撃て!退路はない、生き残りたければ、相手の命を奪うしかないぞ!」


 命令一過、右舷の機関砲が唸りを上げる。『ミュルグリム』艦対艦ミサイルを装備するために数を減らしたとはいえ、それでもレーダー連動式の射撃管制装置を組み込んだ事で命中精度が高められている。流石の〈クレーエ〉も、火器管制レーダーで追尾しながら30ミリ砲弾の猛射を浴びせかけてくる敵に辟易し、距離を取る。


「いいぞ、もっと撃て!鉄の欠片で命を砕け!」


「敵機、左舷よりさらに接近!アレは、ブリティシアの攻撃機です!」


 その報告に、ブルータスは面食らう。その方向に視線を向けてみれば、〈トーネード〉攻撃機が迫りくるのが見えた。


〈トーネード〉攻撃機はブリティシア空軍の主力攻撃機で、可変翼を採用した事によって高い機動力を誇っていた。その上搭載量も多く、空対艦ミサイルを2発装備する事が出来た。しかもこの攻撃に参加するのは12機と多数だった。


「全機、突入せよ!ノルデニアのワタリガラスにブリティシア・ファイターの意地を見せてやれ!」


 隊長は愉快に笑いながら、11機の『命知らず』達に声をかける。何せレーダー連動式の対空砲の有効射程圏内に身を投じて、命中率がかなり高い距離からミサイルを叩き込むのだ。しかも敵巡洋艦は15.5センチ連装砲塔上部にクロタル短距離対空ミサイルの四連装発射機を備え付けており、砲身の向きとは異なる方向へ旋回出来る発射機からは赤外線追尾式のミサイルが飛んでくる。


『エコー7、撃墜されました!続いてエコー4、撃墜!』


「まだだ、距離1万を切るまで迫れ!確実に当てろ!」


 隊長は叫び、そしてレティクルに「アストルフォ」を捉える。そしてついに1万を切り、引き金を引いた。


「食らえ、ラティニア野郎!」


 生き残った9機より一斉に『スカイランス』空対艦ミサイルが発射され、一気に上昇。対空砲の照準はすでにミサイルの方に切り替えられていたが、18発という数を捌き切るには非力過ぎたし、ミサイルも撃ち尽くしていた。


 闇夜が一瞬にして赤く光り、それを見ていたディムロはニヤリと笑う。


「ブリティシアの勇敢な者達がやってくれた様だ。面舵10度、敵戦艦に接近する!攻撃は当たらなくともいい、「クリームヒルト」にこれ以上の損害を出させるな!」


 炎上しながら漂う「アストルフォ」を横目に、「ラーズグリーズ」は「リスルス」へと接近していく。後続の「ジャン・ベルヌ」は2機の〈クレーエ〉にまとわりつかれており、そこには空対艦ミサイルを抱えたもう12機の〈トーネード〉が迫りつつある。よって攻撃のタイミングは丁度今だった。


「撃て!」


 命令一過、SR90艦対艦ミサイルと『ゼー・ランス』対潜ミサイルを一斉射。それに対して「リスルス」は機銃で応戦するが、投射された数に対して余りにも非力だった。


 側舷に多数が命中。中には煙突に命中したものもあり、「リスルス」はその速力を落としていく。炎上した様子は「クリームヒルト」からもよく見えた。


「各艦、距離を取れ!主砲、斉射!」


 ラインハルトは指示を飛ばし、そして2隻は反転を終えると砲撃を見舞う。砲弾は2隻の戦艦の装甲を破砕するまでには至らなかったものの、火災が艦上構造物を覆う程に激しく、減速を余儀なくされる。そもそも護衛してくれる艦船は航空攻撃で目減りしており、追撃の余裕などなかった。


 斯くして、『ポート・マルス沖海戦』は幕を閉じた。第3艦隊は巡洋艦1隻が大破・自沈し、「クリームヒルト」と駆逐艦3隻が損傷。過去最大の損害を負う事となる。対するラティニア海軍派遣艦隊も、巡洋艦2隻と駆逐艦3隻が撃沈され、戦艦2隻が損傷。航空戦での損耗もありケルティアを支援する能力を大きく落とす事となる。

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