第28話 鋼鉄の夜宴①
正暦1011年10月1日深夜 ポート・マルスより南西に100キロメートル沖合
「まさか、ブリティシアの海でノルデニアの艦隊と交戦する日が来ようとはな」
ラティニア海軍ケルティア派遣艦隊の旗艦を務める戦艦「リスルス」艦橋で、艦隊司令官のアルフォンス・ド・ルベール中将は呟く。その言葉に同意とばかりに、艦長や艦橋要員として立つ兵士達は小さく頷く。
戦争序盤、熱核弾頭を交えた弾道ミサイルの一斉発射によりブリティシア連合王国に打撃を与えたラティニア共和国は、援軍として水上打撃艦隊を中心とした部隊を派遣していた。何せブリティシアの軍事力はケルティア単独でもなんとかできるまでに蹂躙されたのだ。空母を含まずとも良いと判断されていた。
そういった艦隊の中で最も大きく、火力があるのが、リスルス級戦艦であった。地球のリシュリュー級戦艦に酷似したそれは、艦首に2基の38センチ四連装砲を集中配置しており、冷戦後期の近代化改修で15センチ速射砲を複数配置していた箇所にヘリコプター格納庫と飛行甲板を設置。対艦ミサイルも装備する事によって打撃力を増強していた。
派遣艦隊を構成するのはリスルス級戦艦が2隻に4隻の旧式巡洋艦、駆逐艦が8隻に補給艦が2隻と、合計16隻。しかしケルティア空軍は直ちにより多くの戦闘機を捻出し、防空の任を買って出ていた。そして派遣艦隊の目前には、ノルデニアから友邦救援の任を背負って駆け付けた栄光の第3艦隊の姿。海戦の相手としてはこれ以上のものはない。
「艦隊、単縦陣を取れ!対艦ミサイルを一斉射してから距離を1万に詰め、砲撃戦に移る!」
「了解。艦隊増速!」
・・・
「敵艦隊、ミサイル発射!なおも接近中!」
「クリームヒルト」の艦橋に報告が飛び込み、ラインハルトは思わず顔をきつくしかめる。
「ミサイルはあくまで露払い、本命は砲撃戦か…急ぎ撃ち落とせ!」
命令一過、艦隊を囲む駆逐艦よりミサイルと対空射撃が放たれる。中でも「ラーズグリーズ」は3隻のフリゲート艦とともに艦対空ミサイルを放ち、速射砲と機関砲で弾幕を放っていた。
「『デュランダル』はかなりキツイ一発が入るぞ、必ず撃ち落とせ!電子攻撃も忘れるなよ!」
ディムロは直ぐに指示を飛ばし、しかし付近に大きな水柱が聳え立って目を丸く見開く。この水柱の大きさ、15センチ砲とかその程度の砲撃では生じる筈がない。
「ちっ、敵戦艦が邪魔しに来たか…!レーダー妨害をしつつ離れる!「クリームヒルト」にも用心する様に打電!」
すでに敵ミサイルの半数以上は艦隊到達前に撃墜出来ている。「クリームヒルト」に「スカディ」も自身の対空火器で迎撃が進んでいるし、陣形が乱れても大丈夫だろうと判断しての事だった。むしろその最中に敵が38センチ砲で邪魔をしてくるのが厄介だった。
「敵戦艦、発砲!先頭の「ラーズグリーズ」を狙った模様!」
「後退を支援しつつ、攻撃を掛ける!取り舵一杯、右舷砲撃戦用意!ミサイルを一斉射した後に砲撃を開始する!」
ヒルデガルドは冷静に指示を出すものの、内心ではミサイル全盛期の時代に、大口径火砲を有した大型水上戦闘艦が直接殴り合う展開となった事に胆を冷やしていた。しかし、ここで逃げられるはずもないと覚悟していた。
「撃ち方、はじめ!」
進路を南に向け切ったところで即座に命令を飛ばし、SR90艦対艦ミサイルを一斉に発射。そこから遅れて、主砲が轟く。それは敵とほぼ同じタイミングだった。
「両舷前進全速!一気に駆け抜けろ!」
号令一過、2隻は全速力で前へ進む。空に空気を切り裂く様な金切り音が響き、十数秒経って周囲に多量の水柱が聳え立つ。相手の射撃管制装置はレーダー連動式のものを搭載していると聞く。となれば即座に誤差を修正して次から当ててくるだろう。
対する敵艦隊は、巡洋艦と駆逐艦が前面に展開し、ミサイルと対空砲で迎撃。撃墜出来なかったミサイルは自らを盾として引き付け、洋上で燃え盛る躯と化していく。それはまるで、死ぬ事を恐れていない様であった。
「巡洋艦「アスロ」、前方に展開!敵巡洋艦を引きつけつつ北へ向かっていきます!」
「主砲、斉射!後に面舵一杯、反転してもう片方のミサイルを放つ!」
直後に9門の火砲が轟き、それを合図に操舵手が舵輪を回す。が、その直後に大きな激震が艦橋を揺らした。
「被弾!右舷速射砲大破!第1ボイラー室付近で浸水発生!」
「応急処置、急げ!味方艦に援護を要請しろ!」
ヒルデガルドは苦悶の表情で指示を飛ばし、そして迫る敵艦隊を睨んだ。
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