第23話 鴉対鷲頭駒
正暦1011年9月12日 フレベルグ上空
遥か空で、2機の戦闘機が真正面より相まみえる。得物たる空対空ミサイルを放つべく、機首の火器管制レーダーより電波を発したのはほぼ同時だった。
「…!」
瞬時に引き金を引き、ミサイルを発射。そして翼を翻し、チャフとフレアを散布。ミサイルが外れるや否や、2機は瞬時にすれ違い、空に大きな弧線を描く。その機動は誰にも再現できるものではない。
『姉さん…!』
『出るな、マルタ!ありゃ一騎打ちだ、横槍はご法度だと思え!』
無線に動揺の色がにじむ中、ZOMは即座にアラートを鳴らす。マリアは咄嗟に機体を傾け、コンマ差で主翼が位置していた空間を30ミリ機関砲弾が裂く。即座にフラップを出して抵抗を増やし、バク転の要領で機首を後ろへ向けると、『バルムンク』レーザーを照射。しかし火線が見えてないにも関わらず、〈ヒポグリフ〉は殺気のみで意図を理解。機体を捻ってから降下し、錐揉み回転しながら回り込んでいく。
言葉で表現するには余りにも複雑すぎる飛翔。航空機の飛び方とは思えぬ争いに、地上と空、そして海上から多くの視線が注がれていた。かつて複葉機がラティニアの空を守っていた頃、ドラゴンハンターの称号を持つ者は熟練のドラゴンライダーと文字通りの格闘戦を繰り広げたという。時代が進み、空戦の要素として直線速度と誘導兵器の運用能力が重要視される様になって見られなくなった空戦機動が今、フレベルグの空にあった。
『中佐…!』
『駄目だ、手を出したら即座に堕とされる!今はただ中佐を信じろ!』
援護に来ていた第39戦闘攻撃飛行連隊の僚機も足踏みする中、2機はただ急旋回と急上昇、そして急降下を繰り返し、隙を探り続ける。それを東の国ではボードゲーム用語に準えて『千日手』と呼ぶのだろう。それ程までに互いの実力は拮抗していた。
「このままでは、燃料が厳しいこちらが不利になっていく…どうする…」
マリアは懸念を脳裏に留めつつ、機体を飛ばす。僅かに外を見れば、僚機が敵機と交戦を始めており、ミサイルと機銃が飛び交っている。第39戦闘攻撃飛行連隊はこの時点で10機程度の〈ヒポグリフ〉を出してきており、対艦攻撃のために空対空ミサイルを2発のみ装備していた味方は劣勢を余儀なくされていた。
とその時、海の向こうから1発のミサイルが飛んでくる。それは〈ヒポグリフ〉の1機へ迫り、至近距離で爆発。主翼とエンジンを貫かれたその機は不時着を試みて郊外の道路へと向かっていく。
その時、相手の動きが若干鈍る。マリアはその隙を見逃さず、直ぐに急旋回。と同時にレーダーを照射し、引き金を引いた。
相手はその挙動はレーザー砲を放つ準備動作だと見ただろう。だが実際に放たれたのは、ノルデニア空軍のごく標準的な空対空ミサイルであり、そして回避機動で躱すには距離が足りなかった。
爆発。数メートル離れていても主翼をもぎ取る程の火力はキャノピーを容易くかち割り、敵機は見る見るうちに炎に呑まれていく。そして空へ機首を向けて昇っていき、太陽の光で視界が遮られたかと思えば、その光の中で爆発した。
「…やっと、墜とせた」
一言、漏れ出る。この瞬間は間違いなく多くの将兵が見ており、それはフレベルグ港湾へ艦砲射撃を試みて接近していた「ラーズグリーズ」の艦橋からもであった。
「流石だ。まさかこの時代になって一騎打ちを見れるとはな」
ディムロはそう呟きながら、先程までの事を頭の中で振り返る。港へ接近する際、阻止攻撃の動きを見せた〈ヒポグリフ〉に対して艦対空ミサイルを発射。敵機は撃墜には至らなかったものの不時着が避けられぬまでの損傷を被り、その場から離れていった。恐らくその瞬間に、フェンリル1は決め手を得たのだろう。
「…そう言えば、本艦の名は
航海長が皮肉を口にし、ディムロは同じく意味ありげな笑みで返すのみだった。
この後、ノルデニア陸軍主力部隊はフレベルグ市街地内へ到達。ラティニア軍は壊走を余儀なくされ、戦線は国境線付近にまで追い込まれる事となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます