第21話 フレベルグ解放戦①

正暦1011年9月12日 ノルデニア半島南西部 フレベルグ北部近郊


 まだ夜の帳が空を覆う早朝5時、4機の黒い影が闇に溶ける様に空を舞う。その先頭でマリアは、レティクルに上空の哨戒を行っている敵戦闘機を捉えていた。


『ルフトアオゲより各機、先ずは港湾部の敵空母「ロベスピエル」を攻撃して下さい。「ロベスピエル」の艦載機部隊は熟練で名が知れています。南下中の第3艦隊支援のためにも、飛行甲板は優先的に破壊。次いでミサイル巡洋艦を撃破し、海上優勢を確保できる様にして下さい』


「フェンリル1よりルフトアオゲ、飛行場の方はいいの?」


『ここに配備されている第31航空師団、第51戦闘航空飛行連隊は貴族パトリキのパイロットばかりのお飾りです。機体は〈ヒポグリフ〉ですが、後回しにしてもいい程度の練度だとされます。先ずは脅威度の高い空母から撃破して下さい。その後に第2・第3小隊が現着し、対艦攻撃を引き継ぎます。後は烏の舞う番です』


『だとよ、フェンリル1。んじゃ、さっさと空母と巡洋艦を黙らせて、ひよっこ共の相手をしてやるとしますか』


 ラーベの言葉に、マリアは肩をすくめる。そして直ぐに邪魔となるであろう敵機へ狙いを定めた。


「フェンリル1、シュート」


 『ミョルニル』が閃光を放ち、極超音速の砲撃が敵哨戒機を一撃で墜とす。そして4機は速度を上げ、港の中央部に鎮座する航空母艦の甲板を狙う。機体の胴体下パイロンには、ノルデニア軍が新たに開発した超音速ミサイル『レーヴァティン』と『グレイプニル』電子攻撃ミサイルが2発。


「フェンリル1、フォックス2」


 ガチャンとロックが外され、1機あたり2発のミサイルが宙に舞う。直後に加速用ロケットモータが点火し、計8発のミサイルは敵空母へと向かって飛翔していく。それに対して敵艦隊は即座に艦対空ミサイルを発射。先行していた2発が撃墜されるが、直後に残る6発が電磁パルスをまき散らした。


『EMP発生を確認。機首センサによるレーザー誘導を開始』


「目標再補足。フォックス2」


 複合式光学センサが不可視光のレーザーで照射する目標に向けて、1機あたり2発のミサイルが放たれる。その数は8発。レーダーを電子攻撃で乱された敵艦は、速射砲や機銃の光学照準で撃ち始めるも、闇夜をマッハ2の超音速で駆け抜ける黒色の魔剣レーヴァティンを捉える事は叶わなかった。


 数秒後、洋上に赤い炎が光る。空母「ロベスピエル」の飛行甲板はズタズタに引き裂かれ、駐機していた艦載機はバラバラとなっていく。それは暗視装置を用いなくともマリアの目に映っていた。


「フェンリル各機、敵水上艦を攻撃開始。味方増援が来るまで大物を黙らせるよ」


・・・


「敵襲、敵襲ー!」


「くそ、「ロベスピエル」がやられた!甲板が真っ二つだ!」


 基地内部は喧噪に包まれ、第51戦闘攻撃飛行連隊のパイロット達は大急ぎでハンガーへ向かう。流石に戦時中である事もあって、女を侍らせて酒に溺れる様な事はしていなかったものの、彼らの空襲に対する対応は余りにも遅すぎた。


「くそ、こっちに手を出してきやがって!39連隊の連中はどうした!」


「あっちは今東部戦線の手伝いに向かわされてるよ!陸軍の対空砲兵め、仕事をさぼりやがって!」


 何人かが悪態をつく中、港の方では幾つもの火柱が聳え立っていた。それだけで状況がどれだけ最悪な事になっているのか明白であった。


「ローラン1、出るぞ!」


 発進準備を終えた〈ヒポグリフ〉の1機が滑走路へタキシングし、そして勢いよく駆けあがっていく。2機、3機と後に続き、合計6機が空に舞い上がった。


「異端共め、調子に乗るなよ!全機突撃、八つ裂きにしてや―」


 隊長機が無線越しに怒鳴っていた矢先、青い閃光が瞬く。それを目にした時、彼の意識は高出力レーザーによって焼き尽くされていた。


 1機がレーザーで切り裂かれ、落ちていく。直後に2機目が粉々に爆発四散し、残ったパイロット達は唖然に取られる。


『な、何が起き―』


『くそ、こんな事があって―』


 悲鳴を上げる間も無かった。〈ヒポグリフ〉は確かに優れた戦闘機だったが、パイロットは空戦の経験がまるでなかった。対するフェンリル隊は既に数個飛行隊を全滅させる程に撃墜数を数えており、経験の差がまるで違っていた。


『敵機全滅を確認。地上にはまだ敵機が残っていますが』


「滑走路だけを破壊する。飛び立つ機会を失えば、敵はいないも当然よ」


 主翼を翻し、降下。そして滑走路に向けて『ミョルニル』を連射する。すでに滑走路上には1機が展開し終えており、それが滑走路に甚大なダメージを与える材料として用いられるのは避けられぬ運命だった。

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