第20話 フレベルグを解放せよ

正暦1011年9月9日 フレベルグ近郊の街


 街中のレストランの一室で、ダッソーは第39戦闘攻撃飛行連隊の面々を集め、1部の新聞を軍用ナイフを用いて壁に突き刺す。それは1週間前、ノルデニア首都カペンブルグで開かれた、武勲者に対する論功行賞のワンシーンだった。国王の目前に十数人の将兵が立ち、勲章を授与されている写真を親指で指しながら、ダッソーは言う。


「彼女は1週間前のウィブルグ上空での戦闘で、俺の機体に傷を付け…クロステルマン大尉を撃墜した敵空軍のエースパイロット…我が軍の間で『ジェヴォーダン』の呼び名で呼ばれている者だ」


 そう語る彼の目前には、数名の若い新兵達。連隊を構成する戦闘機パイロットの大半は他の戦線に引き抜かれ、補充として訓練を終えたばかりの新兵ばかりが宛がわれていた。


 その新兵でさえも聞いた事のある『ジェヴォーダン』の異名。平時であれば試作機として博物館か空軍基地の倉庫で埃を被るだけのはずだった戦闘機で幾多の航空機を狩り、時には弾道ミサイルをも撃ち落とす空の怪物は、空軍作戦本部の士官の何名かを精神的異常に追い込んでいるという。


「見ろ。彼女の戦闘機パイロットとしての技量は称えるに値する。敵にもこういう奴がいるんだ、姑息な破壊活動ばかりをする、反吐の出る連中ばかりではないのだ」


「…」


 その言葉に、少年の後ろに立つ少女の顔が僅かに歪む。ブレーンは小さくため息をついてから、レストランの外に出る。少年もその後を追い、ブレーンはタバコを咥えながら言う。


「…中佐は、元々は首都ロマノポリスでもそこそこ名の知られた貴族パトリキの生まれだったんだがな、12年前に『星の雨』が起きて…家は吹き飛んでしまった」


 それは、ダッソーの過去だった。ブレーン曰く、士官学校で知己の仲であった事と、平民ながら没落貴族を一人養える程度の富を持っていたために士官学校卒業まで世話してあげてたという。


「それから中佐は、空にしか興味を示さなくなった。最初に赴任を求めた場所も、迎撃戦闘機を有する防空部隊だった。中佐は是が非でも大空を我が物にしようとしたんだ。それぐらい『星の雨』は中佐の価値観に大きな影響を与えた。そして今回の戦争で、中佐は〈ヒポグリフ〉を受け取り、多くの戦果を上げた…そして、彼女と出会った」


 ブレーンはそう呟きながら、ライターでタバコに火を点ける。彼の視線は北東、カーペン諸島のあるだろう向きに向けられていた。


・・・


「これよりフレベルグ解放作戦について会議を行う」


 カペンブルグ地下で、ミッターマイヤー元帥は指揮棒を手に説明を始める。


「先のウィブルグにおける友軍残存兵救助で、我が軍は敵の情報を幾つか手に入れた。現在ラティニア軍は広域に拡大しすぎた戦線の維持と植民地での反乱鎮圧に追われ、余力を無くしている状態だ。その上でノルデニア半島の南半分占領を維持するべく、港湾都市フレベルグに多数の戦力を張り付けている」


 先の海戦で第2艦隊に苦汁を飲ませた北洋第1艦隊を筆頭に、〈ヒポグリフ〉のみで編制された飛行連隊や1個機甲師団がフレベルグに陣を構えており、現状はこれの排除が最優先課題となっていた。


「よって、我が軍は少数の精鋭部隊を以て強襲し、フレベルグに屯するラティニア軍を完全一掃する。この作戦が成功すれば、ラティニア軍のノルデニア半島に対する侵攻兵力は余裕を失い、戦線を崩壊させられるだろう」


 ミッターマイヤーの言葉に、一同は背筋を伸ばす。彼は続ける。


「勿論、作戦の確実な成功のためにエース部隊を中心に編成する。長距離戦略打撃群を中心に、第3艦隊を派遣。陸海空三方面より一気に攻め寄せる」

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