第19話 夜闘

正暦1011年9月2日深夜 ノルデニア半島中部 ウィブルグ上空


 ノルデニア半島の中部にある街、ウィブルグ。その夜空を12機の戦闘機が舞う。


『間もなく回収予定地点です。付近には多数の敵地上部隊が展開しており、ヘリ部隊の障害となります。至急排除して下さい』


「了解しました。フェンリル1、これより戦闘を開始します。フェンリル各機、敵はヴィブルグ近郊の軍事基地で色々と準備を進めている。対空砲も潰しつつ最前線に圧力を仕掛けている連中を吹き飛ばす」


『了解!』


 事前の偵察と情報部の活動で、敵の陣容はすでに判明している。相手は2個歩兵連隊規模が展開しており、占領状態の維持に努めている。その大部隊相手に少数で抗っていたというのなら、ただ驚くほかない。


『レーダーに敵正反応を確認、装甲車両が多数だ!』


『赤外線センサーでも確認しました。編制からして治安維持を主任務とする部隊です。ですが、歩兵戦闘車も含めているという事は、鎮圧対象は…』


「ZOM、私も同様の事を考えたわ。さっさと叩き潰すわよ」


 マリアはそう呟きながら、目標を捕捉。『バルムンク』戦術レーザーを照射し、地上を走る敵装甲車両を次々と溶断していく。


『命中を確認。炎上しています』


『こちらフェンリル2、回収予定地点を取り囲む様に敵地上兵力が展開してやがる!流石に敵もこちらの動きを察知した様だな』


「それなら猶更好都合よ。一網打尽に出来る!街の方はどうなの?」


『駐留部隊が向かっている模様です。熱源反応からして非装甲車両がメインの様です』


「第3小隊、敵部隊増援の足止めをお願い!機銃とAAMだけで片付く相手よ!」


『フェンリル9、了解!』


『フェンリル各機、南西より敵機の接近を確認!直ちに迎撃せよ!』


 『ルフトアオゲ』より通信が入り、マリアはラーベとともに地上の装甲車両を幾分か片付けてから敵機へと向かう。と直後、ZOMが警告を発した。


『ミサイル接近!』


「対応が、早い!エースか…」


 マリアは唸り、そしてすれ違う様に飛んでいく敵機を睨む。暗闇の中でも目立つ、黄色い主翼と尾翼。第39戦闘攻撃飛行連隊の〈ヒポグリフ〉だろう。


「今度は、ただでやられる訳にはいかない…!」


 操縦桿を倒し、同時に電子戦ポッドを起動させながら敵機の後ろへ回り込む。敵戦闘機の機動力は確かに高く、ミサイルも高性能であった。だが、マリアもただでやられるつもりは無かった。


「食らえ…!」


 空中に『バルムンク』の光が瞬き、敵機の主翼を溶かす。だが相手は片翼が半ば溶けた程度であり、飛行能力を喪失していなかった。むしろ片翼を傷つけられた事に激高するかの様に猛攻を強め、夜空にターボファンの合唱を轟かせる。


「上手い…!ラーベ、手は―」


『すまん、こっちも忙しい!アンタなら何とかやれる筈だ!』


「チッ…!なら…!」


 マリアは咄嗟に小声で呟き、そして操縦桿を倒す。直後、敵機はミサイルを放ったが、マリアの〈クレーエ〉は下へと沈み、潜る様に一回転。瞬時に敵機の後ろを取った。敵が墜落したかの様に見えたと思えば、いつの間にか背後を取っているという状況。昼間でも墜落のリスクが高い機動を闇夜に取った相手に対して、敵パイロットは驚愕しているだろうが、今のマリアに躊躇いなどなかった。


 青いレーザーが、〈ヒポグリフ〉の片方のエンジンを切り刻む。と同時に各所から火を噴き、敵機は瞬く間に地上へと墜ちていく。それを見届けた途端、マリアの全身にどっと疲れがのしかかる。


「よし、これで…1機…!」


 マリアは大きく息を吐き出し、直後に操縦桿が勝手に動く。それはZOMの補助システムによるものだったが、その独断は正解だった。マリアが軍人としての精神状態を回復させる数秒間、その無防備な瞬間を敵機が狙って来たからだ。


『っ、大丈夫か、フェンリル1!』


「大丈夫、不意を突かれただけ!直ぐに対応する!」


 即座に操縦桿を引き、背後を取った敵機の攻撃を避ける。敵はすでに二の矢たるミサイルを放とうとしていたが、ラーベの乱入とZOMの咄嗟の行動によって攻撃の算段が崩れ、直ぐに回避行動に移る。マリアはそれを見送り、舌打ちを打つ。


「流石に、逃げられるか…」


『だが、敵も相当数の戦力を失った。これでもう、下手に仕掛けてはこれまい』


 ラーベの呟きに、マリアは小さく頷く。するとレジーネブルクが通信を繋げてきた。


『ルフトアオゲよりフェンリル各機、味方兵士の救助を完了しました。敵地上部隊も壊滅です、良くやりました。それとフェンリル、救助した兵士の一人より言伝があります。『マリアの狼のエンブレム、月の様に輝いていた』そうです』

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