第18話 味方救援作戦

正暦1011年9月1日 ノルデニア半島北東部 野戦飛行場


 港湾都市アスロから東に200キロメートルの地点にある幹線道路。そこは戦時には野戦飛行場として利用できる様に設計が施されており、長距離戦略打撃群フェンリル隊はそこに着陸していた。


「先の戦闘でアスロの飛行場は破壊されてしまいましたが、スラビアからの支援もあって2週間で何とか復旧できると見込みが立てられました。その間も私達は戦場に赴かなければなりませんが…次は異例です」


 トンネル内の避難シェルターに設けられたブリーフィングルームで、レジーネブルクはマリア達に説明を行う。流石に早期警戒管制機は攻撃を受けなかった民間の空港に着陸しているが、この場には4機の〈クレーエ〉と8機の〈アドラー〉が集い、手先の器用なエルフの整備士達によって入念な整備を受けていた。


「戦線付近を偵察していた友軍機が、ラティニア軍占領地域に取り残された友軍部隊の無線通信を傍受しました。彼らは最前線の背後で破壊活動に勤しんでいたらしい。今度の任務は彼らの救助です」


「…!」


 その説明に、マリア達は目を大きく見開く。何とラティニア軍の侵攻に呑まれた者達の一部が生き延び、必死に抵抗を続けているというのだ。


「具体的な場所も判明しています。『グングニル』付近の街、ヴィブルグ。その郊外に拠点を確保して、散発的にゲリラ戦を仕掛けていたといいます。しかも暗号無線…百年以上前に一部貴族の間で用いられていた符丁込みの通信で敵軍の配置状況なども教えてくれています。豪族上がりパトリキだらけのラティニアにこの様な詩的な欺瞞を弄する事は出来ないでしょう」


 ラティニアの政治を握る者達のスラングに、多くのパイロットが笑う。100年前の世界大戦中に起こした独立戦争で用いられた符丁入り暗号は、確かにラティニア軍が渡り鳥部隊をおびき寄せる罠として用いるには、嫌と言う程ノルデニアの民俗や宗教を知っていないと出来ないだろう。


「収容予定地点と時刻は厳格に決められています。先ず空軍第3航空団が最前線のいち地点へ攻撃を行い、相手の気を引きます。その隙にフェンリル隊はヘリ部隊とともに当該地点へ向かい、制空権を確保。地上目標に向けて攻撃を行って下さい。敵が増援を送ってきたとしても、その身を以て全力で守って下さい」


 その言葉に、一同は深く頷く。何せ敵軍の機密情報を取得している可能性があるのだ、優先度はかなり高い。マリアも撃墜される覚悟を内心で有していた。


「ですが…全員生きて帰ってこれたら、救出した者達も交えて祝杯を上げましょう。絶対に生還し、作戦を成功させましょう」


・・・


同日午後 フレベルグ近郊 野戦飛行場


 湖を望む位置にある野戦飛行場の一角で、黒煙がたなびく。


「衛生兵ー!来てくれー!」


「火災だ、延焼を防げ!」


 滑走路の近くで数人の兵士達が騒ぎ経ち、たまたまそこを訪れていた少年とブレーンは表情を暗くする。


「くそ、反乱分子め…嫌がらせにも度を越えていやがる…!」


「泣き言を言ってる暇はないぞ、怪我人を急いで治療するんだ!」


 何が起きたのか、一目で分かった。ラティニアの支配に猛反発している者達が破壊工作を行ったのだ。試運転を行っていた交換用のエンジンは火だるまに包まれ、付近の工具も壊れたものが散らばっている。中でも一番の『痛手』は戦闘機パイロットが1名負傷した事だろう。


「大丈夫か?」


「大丈夫です、骨折はしていません。一応治療は受けてきます…」


 負傷者達は互いに肩を組み、軍医の下へ向かう。その後ろ姿を見つめていた少年は、ダッソー中佐の下に近付く。


「大丈夫、なのでしょうか?」


「…分からん。それに最近は物資が少ない。フレベルグの方には優先的に届いているらしいが…」


 ダッソーの言葉に、少年は首を傾げる。その夜、彼が何を言っているのかが判明した。


「今本国では、東部戦線と南部戦線に対して優先的に物資を供給しているそうだ。お陰で北部戦線はそのワリを食ってしまっている。第31戦闘航空連隊のお偉いさんは執政官閣下の親戚で、そのコネで優先的に物資を得られているそうだ」


 レストランの席で、佐官級将校が愚痴を交えて呟く。少年はハーモニカを吹くのを止めずに聞き続ける。


「あいつら、精鋭とか言っておきながら実際は貴族と騎士のボンボンどもの戦闘機愛好グループなんだよ。実戦経験はまるで無し、ノマロポリスとピレスでのエアショーが任務だ。戦闘でも俺達39連隊に露払いさせた上で自分達は地上目標をいたぶるだけ…」


「それに、最近は憲兵の連中も腑抜けてきやがった。まぁダンチヒの穴埋めのためにベテラン連中を根こそぎ持っていったからな…今じゃ属州のガキ共がお巡りさんの真似事だ」


「…皆様は随分と、呑気に軍機を垂れ流しにしている模様でございますな」


 するとそこにブレーンがやってきて、彼らを睨む。それに気付いた彼らは血相を変える。戦闘が長引いた結果、将校の損耗と多部隊への転属が相次いだ事で彼は戦時昇進し、今では陸軍中佐となっていた。


「す、すまんブレーン中佐…」


「おい、水をくれ…!」


 その場に気まずい雰囲気が流れる中、ギターを弾く音が響く。それはダッソー中佐の演奏だった。


「…」


 少年はダッソーの演奏に合わせてハーモニカを吹く。気付けば貴族出身だという尉官の一人も加わってピアノを弾いており、三重奏を聞きながらブレーンは飲み物を頼む。


「何か飲めるものは無いか?」


「今だと、知り合いの造ってる密造酒しかないよ。最近は配給ですらラティニア産の酒が回ってこなくなっちまったからな…」


 店主の返事に、ブレーンは大きくため息をついた。

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