第17話 アスロ沖海戦②

正暦1011年8月30日 アスロ沖合


 「ラーズグリーズ」ら先発隊の放ったミサイル攻撃は、不意打ちにも等しいものだった。


「み、ミサイル接近を確認!方位321、数16!」


 艦隊外縁に位置する駆逐艦「ブラスク」艦橋で、乗組員が叫ぶ。


「対空戦闘、急げ!」


「駄目です、SAMは射撃管制装置がイカレてしまいました!」


「機銃で対応しろ!光学照準で何とかなる筈―」


 艦長は即座に指示を出すが、余りにも遅きに失した。SR90艦対艦ミサイルは敵艦の煙突という熱源目掛けて飛び込み、直撃。一度に複数隻が横一線に放たれたミサイルを被弾する。


『く、駆逐艦「ブラスク」被弾!大破!続けて巡洋艦「ローラン」被弾、火災発生しております!』


「な…」


 被害報告は「フォスター」艦橋に届き、ビレン提督は唖然となる。その惨状は空からもよく見えていた。


「くそが、卑怯な連中め!全機、接近中の敵艦を皆殺しにしろ!異端共をまとめて海の藻屑に―」


 隊長機がそう叫びながら、敵艦隊への攻撃を指示していたその矢先、青い閃光が空気もろとも〈トルナード〉を斬り裂いた。


『た、隊長が撃墜された!』


『くそ、なんだあの黒い敵機は!?速いぞ!』


 僚機が目を見開いて敵の姿を捉え、そして一人が血相を青く染め上げる。何故ならその特徴を有する存在は、海軍航空隊でも周知されていたからだ。


『黒い…!?アイエエエ、ナンデ!?ジェヴォーダンナンデ!?』


『じぇ、ジェヴォーダンだと!?馬鹿な、渡り鳥部隊の野良犬野郎は防空戦闘に投入されてるはずではないのか!』


「残念だったわね、トリックよ」


 マリアは機体を翻させながら次を狙い、『バルムンク』レーザーを発射。数秒もの間に2機を撃墜する。「フォスター」から発艦した艦載機の数は3重機程。総数12機のフェンリル隊から見れば余裕で全滅させられる数だった。


「全機、敵機を殲滅したら艦隊支援に移るわよ。AAMでも行動不能に追い込めるだけの火力はあるわ、調子に乗ったラティニアの艦隊を捻り潰すわよ」


・・・


「目標、捕捉しました。距離1万8千、方位341。速力25ノット、回避機動を取りつつあり」


 「クリームヒルト」艦橋に、射撃管制装置で遠くを見る砲術員からの報告が届く。ラインハルトはヒルデガルドに視線を飛ばし、無言で指示を出す。


「敵空母を優先的に狙う。外縁の駆逐艦は追従の巡洋艦と駆逐艦に任せるわ」


『こちら駆逐艦「ラーズグリーズ」、「クリームヒルト」に近寄る奴は本艦が対応する。安心して砲撃を行ってくれ』


「よし…主砲、撃ち方始め!」


 命令一過、「クリームヒルト」と二番艦「スカディ」は砲撃を開始する。大口径火砲の開発と生産が終了して半世紀近くの月日が経っているが、2隻の主砲と専用射撃管制装置は海軍工廠の手で性能を維持されており、彼らの望む通りに砲声を轟かせる。


『着弾を確認、狭叉3!続けて「スカディ」、狭叉4!』


「誤差修正、急げ!絶対に逃がすな!」


 現在、2隻は命中率を高めるために、9門中6門を発砲して、着弾地点を確認。ズレを直してから残る3門を放つ『交互撃ち方』を行っていた。


『こちらフェンリル1、支援を行う。大丈夫、空の敵は全て片付けた』


 そう通信が入った矢先、1機の〈クレーエ〉が敵艦隊の輪形陣内に突入。『グレイプニル』の影響で電子機器が不調に陥っている艦隊は光学照準で機銃や速射砲を撃ち始めるも、敵機を捉えるには余りにも弾幕が薄すぎた。


「敵旗艦、艦尾付近に着弾を確認!『ミョルニル』の砲撃で艦尾にダメージを負った模様です!」


「狼が足止めをしてくれたか…第二射、用意!距離を詰めていくぞ!」


 ラインハルトはそう言い、双眼鏡で敵艦隊を視認する。そしてヒルデガルドは命じた。


撃てファイエル!」


 発砲。重量300キログラムの鋼鉄の塊は超音速で飛翔し、十数秒後に到達。「フォスター」の飛行甲板を深く抉った。


『着弾、今!2発命中!黒煙が上がっています!』


「よし…交互撃ち方から一斉射に切り替え!敵空母を優先的に撃破し、残る巡洋艦を片付けていくぞ!」


 ラインハルトが声を張り上げて指示を出し、6隻の艦は全速力で敵艦隊に迫る。しかし相手も同様に、反撃を目論んで接近していた。


「おのれ、時代遅れのゴミめ!我が艦が貴様に引導を渡してやろう!全速前進、距離1万で残るミサイルを叩き込む!」


 ミサイル駆逐艦「ル・ファンタスク」艦橋で、艦長は怒りの形相を浮かべながら言う。現在この艦はデュランダル艦対艦ミサイルを4発残している。かなりの近距離で迫って撃てば、撃沈は出来なくとも敵旗艦を戦闘不能に出来るだろう。


 そうして復讐に燃える最中、乗組員が外を見つめて叫んだ。


「っ、方位024より敵艦接近!アレは、序盤にミサイルを放り込んできた奴です!」


「主砲、よく狙えよ。先ずはミサイル発射管を潰せ。それから主砲、機銃と、タマネギの皮を剥く様に身包みを剥がしていけ」


 「ラーズグリーズ」の艦橋で、ディムロはCICで火器管制を行う砲術員に指示を出す。そのユーモアあふれる指示に、航海長は舵輪を握りながら笑う。


『主砲、撃ち方始め!』


 命令とともに、10.2センチ単装砲が発砲。そして砲弾は「ル・ファンタスク」中央部のミサイル発射筒を貫いた。


「命中、火災発生を視認!」


「敵艦、主砲をこちらに向けてきました!」


「取り舵一杯、右舷前進全速で左舷後進全速!海面を滑るぞ!」


 命令一過、海中で左舷スクリューのプロペラが一瞬止まる。そして捻りの向きが変わり、直ぐに回転。逆方向へ推進力を生み出し始める。「ラーズグリーズ」は左右でスクリューの推進方向を変え、舵の向きも相まって進路が勢いよく左へ曲がっていく。


 直後、先程までいた場所に砲弾が着弾。海上でドリフトを仕掛けた「ラーズグリーズ」に対して、右へ進路を取りつつ追いかけようと目論む。だがそこに3隻のフリゲート艦の砲撃が降り注いだ。


「て、敵増援の砲撃!」


「何だと!?一体いつの間-」


 艦長の言葉は続かなかった。砲弾の1発が艦橋に直撃し、爆発がその場にいた全員を薙ぎ倒したからだ。「ラーズグリーズ」は面舵で上手く後ろに回り込み、距離4000メートルにまで迫る。


「撃て!」


 命令一過、10.2センチ単装砲とFlak68・30ミリ機関砲が唸りを上げる。毎分40発の速度で投げ込まれる砲撃は「ル・ファンタスク」の武装や艦上構造物を粉々に破壊し、Flak68の弾幕は破孔の向こうにある設備にとどめを刺していった。


「よし、敵1隻撃破。味方はどうしている?」


「第2艦隊主力、攻撃を開始しました。間もなくミサイルが着弾します」


「よし、本艦は主力の近くに戻り、対潜警戒を実施する。海中から不意打ちを目論む不届き者に一泡吹かせるぞ」


 そこから先は、激戦そのものだった。確かに序盤の『グレイプニル』と第3艦隊の奇襲でイニシアチブはノルデニア側の手に渡っていた。しかし潜水艦とミサイル攻撃に加わっていなかったフリゲート艦が抵抗を見せ、挟撃を計る第2艦隊に立ちふさがったのである。


 空には幾つものミサイルが飛び交い、多くは対空ミサイルか機銃で撃墜されるものの、被弾艦は双方に発生し、空は黒煙で塗り潰されていく。その中で「クリームヒルト」は敵艦隊の陣形内に踏み込み、四方八方へ撃ちまくる。


「撃て撃て!敵は全方位にいる、撃てば当たる!」


 ヒルデガルドの命令通り、「クリームヒルト」は全ての火器を用い、敵艦を破壊していく。その暴れっぷりはまさに神話に名を聞く復讐の王妃そのものだった。


 斯くして、後に『アスロ沖海戦』と呼ばれる事になる戦いは、ノルデニア海軍の大勝で幕を閉じる事となる。ラティニア海軍北洋第2艦隊は空母「フォスター」と巡洋艦3隻、駆逐艦5隻、フリゲート艦6隻、揚陸艦1隻が沈没し、駆逐艦3隻、フリゲート艦4隻が大破。戦闘を生き延びた艦艇も多くが戦闘に支障の及ぶ損傷を被り、洋上からのアスロ攻撃は頓挫する事となる。


 しかし、ノルデニア海軍第2艦隊も被害は大きく、巡洋艦1隻と駆逐艦3隻が沈没。軍港区画がラティニア空軍の爆撃を被った事も影響して行動可能な艦艇は払底し、戦況は未だに膠着化する事となった。

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