第16話 アスロ沖海戦①

正暦1011年8月30日 ノルデニア半島北西部海域


 数十隻の大艦隊が、マストに青い竜のエンブレムをかたどった旗をはためかせ、巨大な輪形陣を組んで東へ進む。ラティニア海軍北洋第2艦隊はアスロを攻略するべく、揚陸艦も率いて進撃していた。


 その規模は、巨大そのものだった。空母「フォスター」を旗艦とし、巡洋艦6隻、駆逐艦12隻、フリゲート艦12隻、揚陸艦4隻、補給艦3隻、そして潜水艦6隻の43隻は、ノルデニア海軍第2艦隊を蹴散らすのに十分たる陣容と言えた。


「素晴らしい陣容ではありませんか。これならばノルデニアの野蛮人共も人捻りに出来ましょう」


 艦隊旗艦を務める空母「フォスター」の艦橋で、艦隊司令官のピエール・ド・ビレン中将は自信満々に言う。何せ此度の戦闘は、アスロ空爆で失態を犯した空軍にものを言わせ、海軍が軍内部で発言力を高めるに相応しい晴れ舞台だからである。


 しかも、北洋艦隊の顔役たる第1艦隊は、占領した街であるフレベルグに留まっており、アスロ占領の戦功を挙げるのにまたとない好機であった。高貴な貴族出身のビレンにとっては願ってもない状況である。


「提督、間もなくアスロを攻撃範囲に収めます。先行している潜水艦からの情報によると、港湾外に敵艦隊が展開し、こちらを迎え撃つ姿勢を見せているそうです」


「無駄な足掻きを。空母艦載機は直ちに発艦し、制空権を確保しなさい!敵水上艦隊はミサイル攻撃で一網打尽にします!」


「了解!」


 指示を受け、艦隊は速力を上げる。「フォスター」甲板上では次々と〈トルナード〉艦上戦闘機がカタパルトで発進していき、〈エロン〉艦上攻撃機は爆弾を抱えて舞い上がる。ノルデニア半島上空では空軍が戦略爆撃機と第39戦闘攻撃飛行連隊を主体とした部隊を差し向けており、陸軍の機甲部隊も合わせてこれ程までの戦力を投射すれば、アスロは一巻の終わりとなるだろう。


「CICより報告!レーダーに敵艦隊を捕捉、我が方のミサイルの射程圏内です!」


「先手を打ちます。全艦直ちにミサイルを発射!全て叩き込み、殲滅しなさい!」


 ビレンの命令一過、艦隊は速力を上げ、陣形を変換。そして一斉にミサイルを撃ち始める。如何に対空戦闘システムが充実しているノルデニア艦隊と言えども、一度に100発以上のミサイルが迫りくれば、一巻の終わりだろう。ビレンは必勝を信じていた。


 勝った。結果を確認するまでもなく一同が確信したその時。突如として空の向こうで閃光が走る。と同時にCICから慌てた声が聞こえてきた。


『て、提督!レーダーに異常発生!ミサイルの指令誘導が効かなくなりました!』


「何…!?一体どういう事ですか!艦載機部隊との通信は…」


『駄目です、通信繋がりません!今どうなっているのかも…!』


 信じがたい報告に、ビレンの表情に焦りが浮かび始める。と同時に新たな報告が飛び込んできた。


『っ、駆逐艦「モガシュ」より入電!方位264より複数の艦影を捕捉、速力30で接近中との事!』


・・・


「まさか、我らに活躍の機会が巡って来る日が来ようとはな」


 ノルデニア海軍重巡洋艦「クリームヒルト」の艦橋で、艦隊司令官のラインハルト・フォン・シュルツ中将は呟く。その言葉は艦橋に立つ全ての者の総意であった。


 ノルデニア海軍の主力たる大洋艦隊は三つの艦隊で構成される。カーペン諸島に常駐する第1艦隊と、アスロを母港としてノルデニア半島西部海域の制海権を守護する第2艦隊、そしてノルデニア半島とカーペン諸島の間にあるリレー海峡を防衛する第3艦隊。うち第3艦隊は予備役に入れられる艦艇の収容地点でもあり、開戦直後に大半が再就役。急ぎアスロに駆けつけていた。


 その艦隊旗艦を担う「クリームヒルト」は、半世紀前に建造された大型巡洋艦の一番艦で、当時のラティニア海軍で主力を担っていた巡洋艦部隊を蹴散らすべく、30.5センチ三連装砲を3基搭載していた。そのため国によっては海軍年鑑で『高速戦艦』と称される事もあり、対艦攻撃手段が大口径火砲からミサイルに取って代わった現代もなお、ノルデニア海軍の誇るべき水上戦闘艦として温存されていた。


「提督、フェンリルが『グレイプニル』を使用!敵ミサイルを全て無力化しました!」


 通信士の一人が報告を上げる。今回、長距離戦略打撃群は敵のミサイルによる飽和攻撃に対処するべく、雷魔法で指向性のある強力な電磁パルスを放射する『グレイプニル』電子攻撃ミサイルを搭載。ラティニア艦隊がミサイル攻撃を仕掛け始めた瞬間に発射したのだ。


「よし…全艦前進全速!海中は味方潜水艦が、空は渡り鳥の連中が抑えてくれる!一気に仕掛けるぞ!」


 シュルツの命令を受け、隣に立つ艦長のヒルデガルド・フォン・リンデマン大佐は指示を飛ばす。


「機関出力最大!全艦戦闘配置、砲術は直ぐに配置につけ!」


「「ラーズグリーズ」に打電、先駆けの栄誉を与えるとな!わざわざ第2艦隊から引っこ抜いたんだ、しっかり働いてもらう!」


 現在、第3艦隊を構成するのは重巡洋艦2隻に軽巡洋艦4隻、駆逐艦7隻、フリゲート艦3隻の16隻。その先陣にあるのは、第2艦隊に属する駆逐艦「ラーズグリーズ」と第2警備戦隊を成す3隻のフリゲート艦であった。


「全く、金髪の若提督は人使いが荒いねぇ。距離3万を切ったら全艦一斉にミサイルを発射!確認を省略して反転する!本命が突入し始めてから再突入と洒落込もう」


 「ラーズグリーズ」の艦橋で、ディムロは愉快に笑いながら指示を飛ばす。そして距離が30キロを切った瞬間、4隻は左に転舵。側面を晒す。


「発射始め!」


 命令一過、SR90艦対艦ミサイルが発射。遥か水平線の向こうへ飛んでいった。

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