第15話 停滞
正暦1011年8月25日 ノルデニア半島南西部 フレベルグ市近郊
フレベルグの近く、湖の傍にある街は、にわかに活気づいていた。郊外の畑は軒並み潰されて大量の天幕が建てられ、数百両もの装甲車両がひしめき合う。そして街には
「最近になって、味方が増えてきましたね…しかも肌の色からして、海外州から持ってきた連中までいます」
レストランの一角で、歩兵の一人がそう呟く。ブレーンはウィスキーを口に含みながら言う。その近くでは少年がハーモニカを吹き、少佐のギターと合奏していた。
「何せ1個歩兵師団がノルデニアの渡り鳥共に吹き飛ばされ、ダンチヒも奪い返されたからな。2個歩兵師団を潰された恨みは4個師団の投入で返す腹積もりだろうよ」
「その渡り鳥について、大尉はある噂をお聞きになられましたか?」
ブレーンの下に、一人の若い兵士がやってきて、ワイングラスを片手に話しかける。彼は第39戦闘攻撃飛行連隊に属する戦闘機パイロットの一人で、少佐の相棒に当たる者であった。
「『ノルデニアの空に、ジェヴォーダンの獣が現れた』と…狼のエンブレムを尾翼に描いた新型戦闘機が第2砲兵旅団の戦術弾道ミサイルを全て破壊し、僚機とともに第24歩兵師団を蹂躙した…渡り鳥部隊のエース機の様です」
「狼のエンブレム…以前、少佐の機体に手傷を負わせたという奴か?」
ブレーンの言葉に、その兵士は頷く。ノルデニア空軍が戦局の逆転を目論んで、新型戦闘機と腕利きのパイロットで構成された特別任務部隊を投入してきた事は、参謀本部情報課によって知るところとなっていたが、その中に『グングニル』攻略戦でエースパイロットの少佐に一矢報いた者がいる事は初耳であった。
「個人名もある程度分かっています。マリア・フォン・ヴォルフマイヤー中尉…
ノルデニア王国はその昔から、実力主義に重きを置いた社会が知られている。性別や種族の差異など、実力の前では個性にしかすぎず、そういう意味では平等な社会と言えた。
「つまりは、単なるお嬢さんじゃないという事か…要注意だな」
・・・
ラティニア共和国首都ロマノポリス 共和国元老院議事堂
「おーいジャネット、久しぶりだな」
元老院議事堂の廊下で、国務省次官を呼びかける声が聞こえる。ジャネットと呼ばれた女性が振り向くと、そこには筋骨隆々と呼ぶにふさわしい陸軍士官の姿があった。
「ポール大佐、プレシーから戻ってきていたのですか。何用ですか?」
「グラムス国防委員長から呼び出されてね。恐らくディレー少将も呼ばれている。今回の会議は非常に重要だからな」
二人は会話を交わしながら、会議室に入る。そこにはベルダン第一執政官以下、十数名の閣僚と軍人の姿があった。
「…オーギュスト・ル・ポール陸軍大佐。報告したまえ」
「はっ。現在の戦況ですが、非常に厳しいと言わざるを得ません。先ず東部戦線は第7、24歩兵師団が壊滅し、第2砲兵旅団が全滅。空軍も第32戦闘飛行連隊が壊滅し、第40戦闘攻撃飛行連隊が全滅判定を受けています。ノルデニア・ポルニア・スラビア連合軍はこれを好機と判断して反攻作戦を開始。ダンチヒを逆占領しました」
「…どういう事だ!ノルデニアで一体何が起きたというのだ!我が軍の物量はノルデニアの異端どもを蹴散らすのに十分である筈だ!なのに何故負けている!」
グラムスが机の上を叩きながら怒鳴り、ベルダンも険しい形相を浮かべながらポールを見つめる。するとディレーが挙手してきた。
「それにつきましては、私の方から説明がございます。お手元の資料をご覧下さい」
その言葉とともに、一同はテーブルの上に置かれたレジュメを捲り始める。
「現在、我が空軍は第39戦闘攻撃飛行連隊の例を挙げるまでもなく、新型戦闘機〈ヒポクリフ〉の投入により多大な戦果を上げ、戦局を優位に押し進めてまいりました。しかし8月に入り、ノルデニア空軍も新型戦闘機を実戦投入してきた事が明らかとなりました」
捲られたページの一つに、地上から撮影された航空機の写真が1枚。
「コードネーム〈コルボー〉、初めて確認されたのはアスロ空爆作戦時です。スペックは不明ですが、『グングニル』なる脅威的な兵器を開発していた国です。お得意の魔術を用いた冒涜的な能力と性能を有している事は明らかでしょう」
「何だ、この戦闘機は…」
「主翼が前の方に突き出ている、だと…!?こんな翼で飛べるというのか…」
「面妖な…これだから亜人どもは…」
「あんなものを飛ばして喜ぶか、変態どもが…」
「特に警戒するべきは、この機体…尾翼に狼のエンブレムを描いているこの機体、前線の将兵からは『ジェウォーダン』と呼ばれています。この機体はポルニア北部やダンチヒで目撃されており、少数のエースパイロットで構成される特別打撃部隊に所属している様です。また、ノルデニア側の喧伝によれば、ブリティシア海軍艦隊の襲撃に参加していた我が海軍の潜水艦のミサイル攻撃をも撃墜したとの事です」
その言葉に、再びざわめく。ディレーは言葉を続ける。
「国防委員長閣下、このまま敵エース部隊の跳梁を許せば、我が軍はまた負けてしまいます。ここは確実に勝利を得られる方策の決断をお願いします」
「ううむ…卿の言う事は理解した。国防委員長、ペトー元帥。アスロに対して総攻撃を仕掛ける作戦の立案を頼む。開戦から1か月半しか経っていないとはいえ、我々は何としてでも1年以内にノルデニア半島を全て手中に収めねばならぬのだ。何としてでも勝つぞ」
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