第13話 計画を崩すモノ

正暦1011年8月18日 ノルデニア半島より北西に600キロメートル沖合


 ノルデニア半島北西部海域を、4隻の軍艦が進む。「ラーズグリーズ」の艦橋では、ディムロ艦長が航海員とともに双眼鏡で周囲を警戒していた。


 ブリティシア海軍の援軍艦隊は、ノルデニア半島にあるノルデニア海軍唯一の軍港となったアスロに向けて進んでいる。それの出迎えを担当するのは「ラーズグリーズ」と3隻のフリゲート艦だった。


「間もなく合流予定時刻です。しかし、出せる艦隊が僅か4隻とは…」


「第1艦隊は現在、ポルニアとの連絡線を回復させるためにノルデニア半島南東部海域に展開中で、第3艦隊は人員をかき集めている。そして第2艦隊は港湾部で大半を温存させて敵が攻めてくるのを阻止している最中…とっくの昔にギリギリな状態さ」


 ディムロが肩をすくめながら言う中、外を監視していた乗組員が声を上げる。


「艦長、友軍機が来ました。機数8、〈クレーエ〉の姿も確認できました」


 その言葉に、ディムロも空を見上げる。アスロ防空とポルニア救援で成果を上げた8機の渡り鳥を見て、ディムロはふっと笑う。と直後、CICから報告が上がる。


『艦長、レーダーに反応。十数隻規模の艦艇接近を確認。方位011』


「来たな…空はそんなに心配しなくてもいいだろう、『烏』の連中が蹴散らしてくれるだろうさ」


 そう呟いている最中、艦載ヘリから無電が入る。それに嫌な予感を感じだったのはディムロだけでは無かった。


『こちらメーヴェ、敵潜水艦の反応を探知!位置からしてブリティシア海軍艦ではない!』


「ブリティシア艦隊に至急通達!全艦戦闘配備、さっさと盗撮犯を追っ払うぞ!」


 現在、この海域にはノルデニア海軍の潜水艦は展開させていない。ブリティシア艦隊も潜水艦を連れてきていない事を事前に通達している。理由は今目の当たりにしている脅威を即座に把握するためだった。


「機関全速、取舵5度!メーヴェは艦隊に対して全ての味方潜水艦を浮上させる様に連絡しろ!」


 ガスタービンエンジンを動力とする「ラーズグリーズ」の加速力は、蒸気タービンの艦を凌駕する。そして敵潜水艦の反応も、今〈メーヴェ〉がソノブイを投下して直ぐに探し始めていた。


『CIC、データリンク!敵潜水艦の位置を捕捉!』


「ピンガー放て!3秒後に聴音は相手の反応を探れ!攻撃の意図を見せたら即座に攻撃せよ!」


 命令一過、「ラーズグリーズ」艦首からアクティブソナーの探信波が発せられる。そして聴音手が耳を澄ませ始めたその時、海上に水柱が聳え立つ。


「…!?」


 突然の事態に、ディムロ達は目を丸くする。が、その水柱の中から何かが飛び出してきたその時、ディムロの血相は変わった。


「アレは、SLBM…!?」


「弾道ミサイルで、艦隊を吹き飛ばす気か!?」


 ラティニア軍の虎の子たる熱核兵器は、過去の実験で艦隊相手にもそれなりのダメージを与えられる事を実証していた。艦外乗組員を焼き殺すのみならず、その高熱と衝撃波で電子機器の尽くを粉砕し、船として行動出来なくする毒が如き影響力は、間違いなく艦隊を機能不全に陥れるだろう。


「っ、上空の『フェンリル』に連絡!直ちに弾道ミサイルを撃墜させろ!本艦の対空ミサイルでは追いつけない!」


『こちらフェンリル1、すでに対応を始めている』


 短い通話の後、空中に閃光が迸る。『ミョルニル』の極超音速の砲撃は一瞬で弾道ミサイルのロケットエンジン部を貫き、空中で爆発。起爆装置すらも起動すら出来ずに破壊された弾頭はバラバラと、ミサイルの破片もろとも落下していく。


「ま、間に合った…」


「CIC、対潜攻撃始め!二の矢を打たせるな!」


 命令一過、主砲と艦橋構造物の間にあるFTR74対潜ミサイル発射機が旋回。アクティブソナーで捕捉した敵潜水艦に向けて、一発の『ゼー・ランス』対潜ミサイルを発射した。


 敵潜水艦の真上まで飛翔したミサイルの弾頭が外れ、そこから33センチ短魚雷が姿を現す。そしてパラシュートを展開してゆっくりと降下し、着水。弾頭部のソナーで敵潜水艦目掛けて一目散に駆けた。


「対空、今度は逃がすなよ…!出てきた瞬間に捕捉し、直ぐにミサイルを放て!」


『…艦長、その必要は無さそうです』


 副長が答えたその時、巨大な水柱が聳え立つ。そして崩れ行く水柱の中から、2発目のSLBMが姿を現す事は無かった。


『ソナー、水中での圧壊音を捕捉。致命傷を食らった模様です』


「今度こそ、間に合ったな…肝が冷えたよ…」


 ディムロの呟きに、航海長もヘルメットを脱いで、額の汗を拭いながら頷いた。


 この後、4隻は増援として来訪したブリティシア海軍機動艦隊を無事にアスロへ連れて行く事に成功する。このニュースは大々的に報じられ、ラティニアに大きな揺さぶりをかける事となる。

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