第8話 迫る戦線
正暦1011年7月28日 エッダラント自由国 首都レカブク
戦争が始まって2週間が経った頃、永世中立国エッダラントの首都にある国際機関『国際連盟』の一室で、ノルデニア王国代表のクルーガー大使は大きく息をついていた。
「決議はある程度決められたが、これでもラティニアを止めるにはまだ足りないか…」
「そもそも、本国と植民地のみで独自の勢力圏を自己完結させている国ですからね…国際的な世論すらも彼らにとっては雑音程度に過ぎないのでしょう」
秘書の言葉に、クルーガーは頭を抱える。連盟総会にて加盟国一同はラティニア共和国の暴挙に対して批難決議を議決し、同時に安全保障理事会は経済制裁を決定。しかし国際連盟に加盟せず、本国と海外州、そして僅かな友好国のみで構築される経済圏で自己完結させているラティニアはこれを無視していた。
「二度の大戦の反省を活かしてないラティニアの暴挙には、列強国すらも憤慨を覚えています。先ずロードス連合はブリティシア連合王国に対して援軍を派遣すると表明。イノカ帝国も東隣シュドフォレ合衆国に対して兵器関連の経済制裁を行うとしています。後は本格的な軍事支援が来ればいいのですが…」
「ラティニアは大西洋に面する多くの国々を事実上の属国としているからな…
・・・
正暦1011年7月29日 エスベルグ近郊 とある街
エスベルグからそう離れていない街の一角、平時ならディナーセットがメインであるレストランの前に、数台の軍用車がやって来る。
「ブレーン大尉、空軍の連中が来ました」
「おっ…」
店内の席の一つで、グラス内のロックアイスを転がしながらウィスキーを味わっていたブレーン大尉は、部下の報告を聞く。遅れて、どかどかという足音とともに十数人の軍人が入ってきて、陸軍駐留部隊の兵士達を退店させていく。
「オーナー、17人分の飯と酒を用意してくれ。領収書は連隊司令部の方に頼む。酒精は…弱めの奴を」
「…あいよ」
店主はぶっきらぼうに答え、店員がビールと安物の白ワインを用意していく。少年はハーモニカを吹くのをやめて、新たな来客に目を丸くするばかりだった。
「どうした、坊主。驚いたか?彼らは空軍きっての精鋭部隊、第39戦闘攻撃飛行連隊のパイロット達だ」
ブレーン大尉はそう言いながら、二人の付き添いとともにその様子を見つめる。やがて食事が酒とともに運ばれ、それぞれ憩いの時を過ごす中、彼らの上官が壁の一面に対してマーカーペンで航空機のアイコンを描き始めた。
「さて、今回の第39連隊の戦果だ。先ずはアンドレ!今日の任務で4機目をマーク!続いてはアンリ!おめでとう、今日で5機目だ!」
その言葉とともに、歓声が響く。航空戦で敵機を5機以上撃墜した者は『エースパイロット』の称号を与えられる。過去には複葉機や旧世代の単葉レシプロ戦闘機でワイバーンを10騎以上撃墜した者は『ドラゴンハンター』なる異名が与えられたというが、過去にワイバーンを航空戦力としていた国々はすでに航空機を新たな航空戦力としており、過去の話となっていた。
「よくやったな、アンリ!おまえさんもついにエースの仲間入りか!」
店内に笑い声とやっかみの声が響き、若い青年の頭にビールがかけられる。その後も撃墜機数の読み上げが続き、最後の一人が紹介される。
「そして最後は、我らが39連隊の稼ぎ頭!ピエール・ダッソー中佐!今回の任務で5機を撃墜、通算33機撃墜だ!」
その言葉と共に、一同は店の一角に目を向ける。そこでは一人の男がギターを手に、部下達の一喜一憂する様子を見つめていた。
「流石は『シャサール・ド・エーグル』!格下なんて敵じゃないか!」
「…見な、坊主、彼が例のエース、『シャサール・ド・エーグル』、ピエール・ダッソー中佐だ。第39連隊の第1中隊を率いる身になってもなお、趣味に興じる…中々に胆の据わったエースだ」
ブレーンがそう茶化す中、ダッソーはただ僅かに肩をすくめ、笑みを返すのだった。
・・・
正暦1011年8月1日 ノルデニア半島北部 王立空軍アスロ基地
アスロ郊外にある王立空軍アスロ基地。そのハンガーの一つに、マリアの姿があった。
「これが、件の新型戦闘機ですか…」
彼女はそう呟きながら、目前の機体を見つめる。それは大型の戦闘機で、前方に大きく突き出した主翼に、斜め上に伸びる一対の
「海軍技術研究本部と共同で開発していた、次世代型戦闘機計画の試作機だそうです。型番はAWKP-02、『全天候型試作戦闘機』という意味です」
「まず主翼には前進翼を採用し、空中での戦術機動性を高めています。操縦系統にはフライバイワイヤを採用、尾翼はカナードとV字型双尾翼の構成となっています」
「また、エンジンは〈アドラー〉のV31を発展させたV41ターボファンエンジンとし、エンジンノズルは推力偏向ノズルを採用。ラティニアの〈ヒポグリフ〉の活躍を機に、実戦に出す事を決定したそうです」
「…機体の形状だけじゃなく、武装にも癖がありそうね」
「ええ…元々は技術実証機ですからね。試作兵装も多数装備しております。先ず機銃の代わりとなるのが二種類。一つは胴体下部中央のEMK/F-01電磁投射砲システム。『グングニル』の運用データを基に開発された航空機用レールガンで、対空・対地攻撃に使用する事が出来ます」
「もう一つは胴体上部左右、航空機銃の搭載スペースに装備しているTLS/F-02戦術レーザーシステムです。メガワット級レーザーですので、当たれば一発で墜とせます。そして機体の制御補助と武器管制に、人工知能を採用しております。この人工知能はデータ収集をメインとしていますが、少尉の飛行技術であれば使いこなせるでしょう」
「ふむ…」
整備員の説明を聞いていたその時、警報が鳴り響き始める。その頃にはマリアは特注のヘルメットを被り、ラダーに手を掛けていた。
『警告、敵編隊が急速に接近中だ。全機、直ちにスクランブル発進せよ』
「燃料は入ってる?慣らしを抜いて飛ばすけど、弾薬も大丈夫?」
「戦時ですので、万全の状態で整備済みです!直ぐにタキシングどうぞ!」
「完璧ね」
そう言葉を交わし、マリアは機体を滑走路の方まで自走させていく、と直後に後部座席から声が飛び込んできた。
『初めまして、ヴォルフマイヤー少尉』
「こちらこそ初めまして。サポートを頼むわよ」
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