第4話 ウィブルグの死闘

正暦1011年7月21日 ノルデニア半島中部 ノルデニア王国中部ノルデニア州ウィブルグ市郊外 王国空軍ウィブルグ基地


 ノルデニア王国の国防方針は極めて簡潔である。先ず最前線が陥落した後は北部の友軍が支援出来る範囲内にまで後退し、統帥本部の定めた持久戦闘ライン『ラグナロク・ライン』で迎撃。カーペン諸島の味方部隊や同盟国の友軍と共に反撃に移るというものだった。


 その中でもノルデニア半島の中部にあるウィブルグ基地は、ノルデニア半島南部地方の味方部隊が避難する場所の一つであり、第2航空団の残存部隊は第5航空団残存部隊と共にこの基地に身を寄せていた。


「これよりブリーフィングを始める。先程、我が軍の対空警戒レーダーが敵航空戦力の大編隊を捕捉。予測進路はウィブルグ北部の『ギャラルホルン』の要、『グングニル』高射砲だろう」


 第2航空団司令官のホルテン少将はそう説明しながら、モニターの画面を切り替える。地図に替わって投影されたのは現状の部隊の状態を示す画像だった。


「開戦から1週間が経過し、我が第2航空団は戦力の2割を喪失。稼働機体も30機を切っている。よって今回の迎撃は第5航空団と連携して当たる。燃料と弾薬をフルで搭載して対応せよ。なお万が一の事態を考慮し、迎撃担当の部隊が出撃した後は全ての人員は基地を放棄し、北部へ撤退する。迎撃担当部隊も弾薬を使い果たした者は直ちに北部へ撤退せよ」


 そう言うホルテンの表情は険しい。撤退時に現れた、〈ミラージュ〉とは異なる敵の新型戦闘機によって複数機が撃墜された事を思い返したのか、他の戦闘機パイロットも同様の表情であった。


「以上だ、解散。各位の奮闘に期待する」


 ブリーフィングを終え、マリアは急ぎ自身の愛機に向かう。ハンガーに入り、タキシングを終えた機体が滑走路から飛び出していく中、マリアも愛機のコックピットに収まり、ヘルメットを被る。すると、隣に位置する機体に乗っている少佐が話しかけてきた。


「…ヴォルフハーフェン少尉、今からお前は俺の隣を飛べ。フクス4は後方支援部隊の護衛につける」


「…私なんかにフクス2の役割は務まるのでしょうか」


「贅沢など言えんよ。それに、お前が戦闘機パイロットになれたのも、家柄のお陰じゃない事も知っている。すでにお前さんは5機を撃墜してエースパイロットの仲間入りを果たしている、期待しているぞ」


 そう話す隊長の顔色は暗い。敵の最新鋭戦闘機との交戦で相棒のフクス2を撃墜されて以降、沈痛な表情しか見ていない。マリアはそれが悲しかった。


 隊長機が先に滑走路へ移動し、マリアも機体のエンジンを始動させ、ぎりぎりに絞った推力で機体を前へ進ませる。そして滑走路上に到着し、管制塔からの指示を受ける。


『フクス3、離陸を許可。幸運を祈る』


 直後、滑走路を駆けた機体が空に浮かび上がり、先発機の後方へ位置取る。周囲を見渡せば十数機が上空に展開しており、機種も〈アドラー〉やK-15〈オイレ〉迎撃戦闘機、K-17〈ヴァンダーファルケ〉制空戦闘機に旧式のK-13〈シュワルベⅡ〉戦闘機と多種多様であった。


『ルフトアオゲより各機、レーダーに反応あり!直ちに対応せよ』


「了解…!?」


 マリアがそう答えた直後の事だった。彼女の目は狼人族特有の魔法である魔眼によって高い視力を誇る。レーダーが航空機の装備として普及する以前は、軍用機パイロットの必須スキルとして重宝されたその能力は、超音速で迫る複数の飛翔体を認識していた。


「っ、前方よりミサイル接近!」


『何…!?』


 叫んだ直後、先行していた編隊の目前で炸裂。幾つもの閃光が複数機を呑み込んだ。そのミサイルは地表の方角にも飛び、自分達を地上から支援してくれる警戒レーダーや対空砲陣地を焼き尽くしていく。


『な―2個小隊、ロスト!一瞬で蒸発した…!地上でも友軍部隊に甚大な損害が…!』


『馬鹿な…核弾頭か!?』


「いや、核弾頭ならここまで届かない!それに光も違う…!」


 無線から混乱が伝播していく中、『ルフトアオゲ』から通信が入る。


『敵機接近を確認!機数16、速い!各機警戒せよ!』


 直後、警告音が鳴り響く。マリアは操縦桿を横に倒し、回避機動を取る。直後に1発のミサイルが迫り、マリアは小声で呟いた。


「精霊よ…!」


 機体を、緑色に光る風が覆う。雷魔法の波はミサイルの近接信管を誤作動させ、爆風の及ばぬ距離で自爆。破片は風の防壁が弾く。直後、彼女は視界に敵戦闘機の姿を捉えた。


「アレは、新型の戦闘機…!」


『エスベルグで俺達を襲った連中だ!第5航空団も半数近くがアレにやられたという、油断するなよ!』


 生き残った各機はそのまま翻り、そして超音速で突っ込んできた敵戦闘機を追う。相手はかなりの高速であり、こちら側の攻撃を高い機動力とチャフで避けながら北へ飛ぶ。とその時、フクス1が舌打ちをしてから叫んだ。


『ッ、拙い!奴ら、『グングニル』の最短射程距離にまで近づいて、そこで混戦の状況を作ろうとしている!その隙に爆撃機部隊を突っ込ませて、『グングニル』を叩いてもらうつもりだ!』


『なんだと―待て、レーダーに新たな反応!くそっ、フクス1の予感が的中した!大型機の大編隊が北上中!数は20、かなり速い!』


 フクス1の言葉に、『ルフトアオゲ』も慌てた様子を見せる。『グングニル』本体の周辺には、自衛用の高射機関砲が数門と、申し訳程度の短距離空対空ミサイルしかなく、『グングニル』の812ミリ砲弾の最短射程距離を抜けた敵機の大編隊に対して打つ手が無い。そして相手は優秀なパイロットの乗る高性能な戦闘機で自分達を巻き添えに出来る形へ持ち込み、本命の活躍できる舞台を用意したのである。


『各機、直ちに対応!『グングニル』に到達される前に敵機を殲滅するんだ!』


 指示が飛び、マリアは機体をフクス1の前へ移動。敵戦闘機を引き付け始める。敵の新型戦闘機はこれまでのラティニア製戦闘機とは全く異なり、台形に近い形状をしたクリップトデルタ式主翼に、外側に大きく傾いた事で水平尾翼の機能も得た設計となっている2枚の垂直尾翼、そしてその水平尾翼の代わりを担うであろう一対のカナードと、西の大国『ロードス連合』や自国で用いられている設計を多量に採用している。


 そして機尾に目を向ければ、推進力を吐き出すエンジンノズルは上下に向きを変える様に動いており、推力偏向ノズルも採用する事で高い機動力を発揮しているのが見て取れた。故にマリアは囮を務めるために高い技量を発揮せねばならなかった。


「食らいついてる、けど…!」


 相手に攻撃の糸口を掴ませる事無く、僚機が仕留めてくれるまで逃げる。ロードスのエースパイロットが発案した戦術『サッチャーの機織り』は戦闘機の芸術的な連携戦法であるが、故に追われる側には高い技量と度胸が求められた。だが彼女とて生半可な覚悟で戦闘機パイロットを目指したわけではない。


『いいぞ、今だ!』


 ついに、フクス1がレティクルに捉える。が、主翼の片方を黄色く塗っている敵機はカナードと主翼フラップを下方に曲げ、空中で急停止。そして翻る様にフクス1の真上を舞う。そして機首が地表に向いた瞬間、機関砲が吼えた。


 一瞬だった。キャノピーが30ミリ砲弾で砕かれ、次いで胴体燃料タンクを貫通。火だるまに包まれた機体が流れ星の様に明るく光りながら墜ちていった瞬間、マリアの目が大きく見開かれる。


 瞳孔が絞られ、針の様に細く、鋭くなる。直後、彼女の機体は大きく翻り、敵機の後ろを位置取る。敵機は同様の機動で相手を仕留めようとしたが、彼女の鋭い感覚は刹那で意図を把握した。


 捻り込む様に食らいつき、短距離ミサイルを発射。相手は直ぐに回避機動を取って離れ、そして爆発を被弾。尾翼から細い煙を引きながら離れていった。直後、真上を数十機の爆撃機の大編隊が通り過ぎていく。


『…司令部より通達、直ちに撤退せよ。繰り返す、直ちに撤退せよ。この場で玉砕するのは認めん。生きて再起の時を待て』


「…了解」


 絞り出す様に答え、マリアは機体を北の方角へと向けた。


 この数十分後、『グングニル』は敵重爆撃機の爆撃を受け、沈黙。制空権はラティニア軍が握る事となった。

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