第3話 王前会議

正暦1011年7月16日 ノルデニア王国首都カペンブルグ 王国軍統帥本部地下会議室


 カペンブルグ郊外の地下100メートル地点に、王国軍統帥本部の地下会議室はある。最初の会議室は地下数メートルの地点にあったが、列強諸国が地中貫通爆弾の開発や諜報・暗殺手段の強化に力を入れる様になった影響で、一撃で全滅する可能性を排除するべく、地下深くに新たな会議室を設けたのである。


 手練れのドワーフによって整備された会議室で、国王ジークフリート・フォン・ノルドハイム3世は十数人の閣僚や軍人を前に説明を聞いていた。


「状況について、説明致します。先ず一昨日14日の午前7時30分、軍事演習の名目で国境地帯に展開していたラティニア共和国軍は突如として国境線を侵犯。同時に貨物列車に偽装していた弾道ミサイル発射装置より複数発の弾道ミサイルが発射されました」


 王国軍統帥本部長を務めるウィルヘルム・ミッターマイヤー元帥は、壁の一面に設置されているモニターに画像を投影しつつ、国王達へ説明を行う。トールマンの軍人であるミッターマイヤー元帥は冷戦後期の平和維持活動で多大な戦果を上げてきた歴戦の名将で、テロリスト・ゲリラの鎮圧から現地住民の社会インフラ再建まで、平和を迅速に回復させるその素早さから『疾風将軍』とも呼ばれている。


「これに対し、第二種戦闘配備に就いていた陸軍第2歩兵師団及び空軍第2航空団が対応を開始しましたが、ラティニア軍は我が方の数倍の戦力を投射し、開戦後僅か1日でシュレスト地方を占領。そこから東方面へ進軍しました」


「…我が方の損害は?」


「はっ…先ず陸軍は第2歩兵師団が壊滅。第5歩兵師団及び第3騎兵師団は後方に下がりつつ応戦し、損害を総戦力の一割以下に抑えたまま後退に成功しました。直後、15日午後3時に南ノルデニア軍管区の第2砲兵師団が広域防空戦闘と戦術弾道ミサイルによる進行阻止砲撃を実施。戦線構築と北ノルデニア軍管区動員までの余裕を確保しました」


 ミッターマイヤーからの報告を聞き、ジークフリート3世はハイジ・フォン・マリーンドルフ外務大臣に尋ねる。エルフ出身の彼女は不老長命を利用して多くの経験と知識を身に付けており、敏腕の外交官として内外に知られている。


「外務省、ラティニアから宣戦布告が届いたのはいつ頃か?」


「14日の午前8時頃、戦術弾道ミサイルの第一波が『ギャラルホルン』警戒レーダー陣地を破壊した直後の事です。30分遅れで布告を発してきた様子から見て、一日で我が国を屈服させられると見ていたのでしょう。幸いにして第二波は『ギャラルホルン』の第二線、そして『グングニル』で迎撃出来たそうですが…」


 『ギャラルホルン』とは、対空警戒レーダーと各種地対空ミサイル及び高射砲、そしてそれらを遠隔操作する管制所を組み合わせて構成している広域防空システムで、序盤の攻撃で機能不全に陥った区画をカバーする様に、二重・三重と重ね合わせて構築されている。特にノルデニア半島中部とカーペン諸島には、当時の科学技術と魔法技術の粋を集めて開発された60口径812ミリ炸薬電磁複合型高射砲『グングニル』が設置されており、弾道ミサイルの第二波も『グングニル』の一斉射で半数近くを撃破していた。


「話を戻します。ラティニア共和国は既に我が国に対して宣戦布告を発しており、『トールマン系正教会信者のみで構成された共和制政府の樹立と承認』、『正教会以外の信仰・宗派の排除』、『トールマン系以外の人種の殲滅』を講和条件として提示しております」


 マリーンドルフ外相の言葉に、多くの官僚が青ざめる。民族浄化政策を実施し、国としてのアイデンティティを放棄する様に求める国など正気ではない。故に、国王の顔は非常に険しいものとなった。


「なればこそ、負けるわけにはいかない。ここで屈すれば、ラティニアは間違いなく、他の国々にも同様の要求を出す。これ以上の非道は我らの勇気と奮戦で以て阻止するのだ」


『御意!』


・・・


 シュレスト地方のある街、湖畔の一角で、二人の少年が茫然と立ち尽くす。その目前には大量の残骸の山。それがかつて人の住んでいた場所だと理解するには余りにも酷い有様であった。


「そんな…」


 少年は膝を突いてくずおれ、後ろに立つ同級生も顔を暗くする。避難先の指定がされている学校で夜を過ごすこと2日、漸く家に帰れると思えば、その先にあったのは戦災のもたらした残酷な事実であった。


「…ラティニアの弾道ミサイルだ。大量に発射されたもののうち、着弾地点がズレたものが落ちたんだ」


 同級生の少年はそう言いながら、注意深く辺りを見回す。街はすでにラティニア軍の占領下にあり、トールマン系以外の住民は強制収容所へ連行され始めている。そうならずに済んだ者達も、宗教用具の放棄などを迫られており、この地は間違いなくラティニアの一部となっていくだろう。


 二人はその後、家の残骸の前で鎮魂の祈りを捧げ、そして立ち上がる。少年は空を見上げつつ、踵を返した。


「…シン。これからどうするの?」


「…叔父のところに身を寄せるよ。市街地で商店の店主をやってるから、何とかしてくれる筈だと思うけど…」


 シンと呼ばれた少年はそう呟きつつ、その場を離れていった。


・・・


ラティニア共和国 首都ロマノポリス


 ロマノポリスの中心部、国防軍記念会館の宴会場にて、ベルダン第一執政官は多くの軍人に囲まれながら、葡萄酒が注がれたグラスを手にしていた。


「序盤の勝利により、我が軍はノルデニア半島南部とポルニアを占領。覚者の導きが及ぶ場所が増えましょう」


 国防委員会委員長を務めるシャルル・ド・グラムス上級大将は上機嫌な様子で言う。彼はベルダンの娘婿であり、彼以外にも軍には血縁やら家縁で関りの深い将官が多い。それが今のラティニアの指導者層であり、彼が8年以上の任期を務めあげられる理由でもあった。


「ですが、『グングニル』が一番厄介ですな…アレを撃破し、『ギャラルホルン』を完全に崩壊させない限り、我が軍はノルデニア半島全域を占領出来ませぬ」


「それにつきましては、我が第11航空師団にお任せあれ。我が師団の精鋭、第39戦闘攻撃飛行連隊に配属された新鋭戦闘機なれば、蛮族共の魔槍などへし折って見せましょう」


 そう自信満々に言うのは、国防空軍第11航空師団の指揮官であるディレー少将であった。彼はグラムスの親戚に当たる者であり、さらに士官学校卒業時に書き上げた論文『空を制するための航空戦力整備計画』を読めば分かる様に、大柄な機体に複数の機能を詰め込んだ万能戦闘機に高い信頼を有していた。


「必ずや、我が第11航空師団が祖国に輝かしい勝利をもたらす事を、この場に誓いましょう」

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