プロローグ ノルデニア

 元々この世界は、多くの神秘で満ちていた。


 人類のみならず妖精や怪異とも同じ地を踏み、同じ海を泳ぎ、同じ空を見上げる世界には、多種多様な文明が存在していた。しかし、それは考え方も多種多様という事であり、それを原因とする争いも絶えなかった。


 この世界における力の象徴は『剣と魔法』であった。地上では歩兵の群れが槍を前に突き出して突進し、それを少数の剣士が斬撃で薙ぎ払う。空には飛竜とヒポグリフが舞い上がり、激しい空中戦を繰り広げる。それがこの世界の戦場であった。


 だが、正暦800年を契機に世界は大きく変わる。異なる世界から陸地もろとも異なる文明が訪れ、それらが侵略を始めたのだ。その数は多く、こんにち『七大列強』と称される国々の多くが『転移国家』と称される来訪者たちであった。


 戦争における力の象徴が『剣と魔法』から『銃と科学』へと移り変わるのに、100年の時間を要した。だがその100年は七大列強の国々が強大な軍事力で強大な軍事大国を築き上げていった『帝国の世紀』でもあった。だが元々あった神秘を消し去る事は出来ず、むしろそういった概念とどう折り合いをつけられるのかが列強諸国の課題となった。


 無論、転移先の常識を全て否定し、自らを成す要素全てで世界を支配せんとした国もあった。だがその高慢な振る舞いは多くの敵を生み出していた。その結果として最初の世界大戦が引き起こされ、その国は負けた。結果として魔法を尊重しながら高度な科学を持つ国々が生まれ、新しい国際秩序がもたらされた。


 そして『進歩の世紀』と称される事になる正暦900年の年月が流れ、正暦1000年を迎えたのである。


・・・


 ノルデニア王国という国がある。この国は『帝国の世紀』の終わり頃に生まれた新興国家であり、その政治構造は特殊であった。


 ナロウズ大陸北西部、ノルデニア半島の大半とその東部のカーペン諸島を国土とするこの国は、元々はナロウズ西部を植民地として開発を押し進めていた七大列強ラティニア共和国の植民地の一つだった。ラティニア共和国で盛んに信仰される宗教の押し付けと、現地の文化や秩序を無視した強引な開発は反発を生み、ナロウズ大陸の西半分は武装蜂起が絶えなかった。


 これら現地住民のアイデンティティを最初から否定し、全ての地を自らの色に染め上げようとしたラティニアは、核兵器を含む強大な軍事力で反発を押し付けてきていたが、それも正暦900年頃には限界を迎える事となった。


 そうして迎えた最初の世界大戦。傲慢なラティニアを嫌う国々の策略も絡んだ4年間の戦争と、ノルデニア半島での動乱を経て、正暦910年にノルデニア王家は独立を宣言した。


 その30年後、二度目の世界大戦を経てノルデニア王国は発展した。冷戦の間、七大列強が熱核兵器の保有数で競い合う中、ノルデニアだけは核を持たずに経済発展で国威を示し続けていた。


・・・


正暦1010年3月8日 ノルデシア王国 首都カペンブルグ


 この世界にはかつて魔王という存在がいた。その者は強大な魔力と膨大な怪異の軍団でナロウズ大陸の中部地域に大国を築き上げていたが、その栄光は正暦800年頃に終わる事となった。


 ラティニア共和国の高い軍事力と、ラティニアの宗教観に基づいた民族浄化政策は魔族を絶滅の淵に追い詰めたが、世界大戦は彼らを救う契機となった。そしてノルデニアの民の一割は民族浄化の危機を乗り越えた魔王の一族の末裔であった。


「お嬢様、準備は終わりましたか?」


「ええ。万端に整えました」


 王宮の一室で二人の若い女性士官はそう話し合い、廊下を歩いていく。片方は金色の髪をシニヨンヘアに纏め上げており、もう片方は腰まで伸ばした白髪に加え、頭の上には狼のそれを彷彿とさせる耳があり、紺色のスカートの後ろには一房の白い尾が伸びている。


 そして二人は口を噤み、玉座の広間に入る。十数人の臣下とともに二人を迎えた国王は、彼女達が跪いてから口を開いた。


「アルトーリャ・フォン・シルフィホーフェン。卿をここに新たな騎士と認め、王国陸軍第2歩兵師団への配属を命ず。そしてマリア・フォン・ヴォルフマイヤー。卿をここに新たな騎士と認め、王立空軍第2航空団への配属を命ず」


 拍手が鳴り響き、二人は恭しく礼をする。そして退室し、話を交わす。


「やりましたね、アルトーリャお嬢様。南の地の守り人と名高い第2槍騎兵師団ですよ。念願が叶いましたね」


「そう言う貴方も、第2航空団へ正式配属となったじゃない。戦闘機パイロットとして栄誉ある任務が待っているわ」


「はい…!ご武運を、お嬢様…いえ、シルフィホーフェン少尉」


 二人はそう話し合い、分かれていった。

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