IX. 神の寵愛を受けた司祭

「これがあれば、男は何回でもできちゃう♪ もうアンタは用済み、バイバ〜イ♪」

「マリエル! マリエ……ル、マ……リ…………」


 僕が最後に見たのは、僕が慈愛の神から授かった『癒やしのアミュレット』を手にして高笑いしている人魚姫・マリエルの姿だった。


 気がつくと、首輪と鎖がつけられていた。

 男の人魚・マーマンである青い髪の僕・トラーラは、ヒューマンの漁師の奴隷として売り飛ばされていたのだ。


 それから毎日、ただひたすらに魚を獲り続ける日々。気の荒い漁師は、獲った魚が少ないと僕を折檻した。なぜこんなことになってしまったのか。

 マリエルや漁師を憎む気持ちは否定できない。でも、自分が慈愛の女神に仕える神官であることを忘れてはいけない。信仰は裏切らない。僕は今日も女神様に心からの祈りを捧げる。


「あなたがトラーラですね。慈愛の女神様からあなたを助けるように言われて来ました」


 ある日の夕暮れ、疲れ切って漁港で横たわる僕に声をかけてきたひとりのヒューマン。それがユウヤだった。


 旅の途中、慈愛の女神様が降臨し、僕を救うようにお願いしたと言う。女神様は僕を見放さなかった。

 僕はエルフのリリィの魔法で足を生やしてもらい、地上でも活動できるようになった。「歩く」という行動がとても新鮮だ。


 ユウヤたちとの旅に同行したものの、僕はまったく役に立たなかった。僕が海底神殿で使っていた『癒やしの力』には、マリエルに奪われた『癒やしのアミュレット』が必要だ。アミュレットが無ければ、僕には何の力もない。


「慈愛の女神様に会いに行ったらどうだ?」


 ユウヤの一言に、僕は覚悟を決めた。

 慈愛の女神様が御座おわす我々が足を踏み入れてはいけない禁足地。海底神殿の奥、さらに深き海溝の底。僕はそこに向かうことにした。


 海に潜り、海底神殿へ。そして、その奥の海溝をひたすらに潜っていく。光すらも届かない闇の中、僕はただ潜り続けた。

 やがて底に辿り着く。そこには何も無い。女神様の気配も無い。

 海の中に僕の涙が流れ出る。

 人魚姫に心を奪われ、自分を見失い、そしてアミュレットを奪われた。

 それはすべて信仰心の欠如。自分を律することができなかった自制心の無さに、僕はただ女神様に心で詫び続けた。


「トラーラ、顔を上げなさい」


 顔を上げると、慈愛の女神様が降臨されていた。

 パステルブルーの髪が海にふわふわと揺れている。


「あなたの祈りはきちんと届いています。トラーラよ、癒やしの力をあなた自身に授けます。そして、ユウヤたちの本当の仲間になるのです」

「し、しかし、女神様! 私は大切なアミュレットを……!」


 にっこり微笑む女神様


「神器を盗み、悪用する者には、それ相応の罰を与えます」


 僕の身体を光の粒が包む。


「どんなに辛い時も信仰心を忘れなかったあなたに『神の寵愛を受けた司祭The Divine Priest』の称号を与えます。慈愛の心を忘れてはいけませんよ……」


 気がつくと、僕は海岸に倒れていた。

 心配そうな表情でユウヤたちがこちらに走ってくる。


 (僕の癒やしの力でユウヤたちを守ってみせる!)


 僕は心に刻んだ。



 この数日後、人魚姫のマリエルが行方不明になった。

 海底城の自分の部屋にいたはずが、忽然と姿を消したという。

 現在、部屋にいた身元不明の年老いた人魚を厳しく尋問しているらしい。



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