どきどき勉強会

机にはお菓子、そして炭酸飲料。下敷きに、筆箱、ノートと参考書。そして目の前には、かわいい想い人の姿。彼女は気分をリセットするためにつけたらしい丸眼鏡を、くいっと上にあげて俺を見つめた。


「さ、始めるよ」


今日は律の家で勉強会。俺の心臓はいつまで持つのだろうか。




***




「九条先生、早速分からないんですが…」

「どこ?」

「ここ、」

俺が教科書に指を差すと、すすと近づいてきて律は周りの文章をちょっとだけ読む。「これはね、押さえておくべきところはここ。こっちが分かってなきゃだめだよ」

「なるほど」

「颯、単語の意味分からないまま読んでるでしょ」

いきなり図星を突かれて俺は回答にうっと詰まる。およよ~と目線を泳がせた俺を見て、律ははあ、と呆れたため息を吐いた。

「中学生でもやってるよこんなこと」

「すいません、」

「謝るより結果で示して」

「おっす!」

謎の気合の掛け声を口にし、俺はシャーペンを手にノートに文章を書きこむ。大事な単語はオレンジ色のゲルインキボールペンで書き込んでおく。九条先生曰く、「オレンジで書くと、赤シートで隠したときに赤ペンよりも消えやすいよ」だそう。自慢気にふふんと鼻を鳴らしていたあの時の彼女の顔、可愛かったな。

にやける口元をどうにかして押さえながら、俺は黙って手を動かす。しばらくは律も静かに勉強していた。もとより彼女は沈黙がそこまで苦ではない性格だ。俺も、律といるときの沈黙はとても好きだけれど。しかしゆったりした空気が流れるのは早く、早一時間も経ってしまった。この時間が、ずっと続けばいいのに。

「あ、そうだ律。最近同クラの佐藤さんと、野木が付き合ったらしいぜ」

そうえいば、と言うように俺はクラスの最新恋愛情報を律に報道する。彼女は目線をノートに、手は動かしたまま俺の報道にコメントした。

「ふうん。なんかあの二人ずっと拗らせてたね」

「たしかに、両片思いってやつかな」

「多分それ」

驚いた。律が恋愛話にちょっと乗り気になるなんて。俺のイメージでは「ふうん」とか「そう」とかしか返してくれないかと思っていたのだが。心底びっくりして、俺は手を動かしつつ律に話しかける。

「びっくりした。律って恋愛話に興味あるのか?」

彼女はシャーペンを動かす手をゆっくりと止めた。それからうーんと考えるように右上を向いて、口を開く。

「まあ、ほどほどにはね」

なんとも言えない微妙な回答をし、彼女は薄く微笑む。その微笑につられて、俺もちょっとだけ頬を緩ませた。そっか、と微笑み返すと、彼女は俺の想像の斜め上を行く発言を投下してきた。

「颯は?好きな人とかいないの?」

「えっ、俺?」

「うん」

急にグレネード投下してくるのやめてもらってもいいですかね、律さん。俺はあやうく心臓が止まるところでしたよ。

ばくばくと大きな音を立てて鼓動する心臓の音を聞きつつ、俺は必死に思考をフル回転させる。こういう時、一体どうやって答えればいいのか。世の中の高校生男子の皆さんにアンケートを取りたいくらい。俺はかなり混乱して、律の目の前で挙動不審な態度を取ってしまう。彼女はそんな俺の姿を見て、ちょっと訝しげに瞳を細めた。

「その様子だと、いるの?」

「……………まあ、うん」

ちょっとした沈黙の後に、俺はこくりと頷いた。正直になった俺に向かって、彼女はちょっとだけ驚いたような顔をする。それと同時に、群青の瞳にゆらりと悲しみの色が揺れた気がした。俺の気のせいなんだろうけれど。

というか、律がここまで俺に問い詰めてくるのはとても珍しい。前世でも、律の質問で俺があたふたなったりすれば「嫌ならいいよ」とか言って諦めることがしばしば。彼女の問い詰めはいつも第一問で終わってしまっていたはずだった。なのにこれはどういうことだろうか。俺に興味を持ってくれている?俺のことを知りたいと思ってくれている?自惚れも甚だしいところだが、そう信じたい。もう本当に彼女が、俺に少しでも興味を持ってくれていると思っておきたい。そんなちょっとばかり傲慢な気持ちの暴走を止めて、俺は律に向けて口を開く。

「じゃあさ、律はどうなの?」

何気ない質問だった。律の返事が返ってくるまで、約3秒前。

彼女の頬が、わずかに赤く火照った気がした。これもまた、俺の気のせいだろうけど。

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