隣の席の女の子

「よろしく、律」



「…なんで呼び捨てなの、?」


思わず夢の中のテンション+驚きと緊張で話しかけてしまい、彼女は怪訝な顔をして俺にそう問うた。俺は荒れる心中しんちゅうを隠すように彼女に微笑みかけ、なんとなーく思いついた適当な言い訳をする。

「な、なんか従兄弟に同じような名前の人がいて…ごめん」

「ふうん。別にいいよ、怒らないし」

彼女は頬杖をついて窓の外を眺める。彼女の席は、教卓から見て一番右の列の一番後ろ、つまり窓際の席。その隣に俺が座っているのだ。というか、さっき俺の名前呼んでくれた?

「えと、なんで俺の名前…」

「座席表、見たらわかる。郁馬いくま はやて君でしょ」

彼女は顔の向きを変えずに、そのまま淡々と答えた。さっき電子黒板に一瞬だけ映った座席表なのに、隣の席の俺の名前まで見ていてくれたのか。ほんと、言動によらず優しすぎる前世の奥さんだ。

俺がそんな感じで感慨にふけっていると、彼女はそっと静かに俺に顔を向けた。きらりと煌めく群青色の双眸に見つめられて、俺は耳までふんわりと火照らせる。

「私、九条くじょう りつ。改めてよろしく」

「うん、よろしく」

それが、彼女との邂逅。向こうは俺のことは覚えてないみたいだった。まあ仕方ないよな、前世の記憶が蘇ったなんて俺くらいだろう。もしかしたら、なにかがきっかけで蘇るかもしれないけれど。

ちょうどその時、担任となる先生が教室に入ってきた。あとで顔を合わせて喋るまで、俺はその先生が「岡部おかべ 茶々ちゃちゃ」という女の先生だと気づかなかった。前世では一緒に戦った仲間の女性が、今世ではなんと教師をやっているなんて驚きだ。岡部先生は「長廣ながひろ」さんという男性と結婚したという。ふわふわゆったりした雰囲気と京都弁の愛嬌がある先生は、かなりの美人さん。うん、これも前世と同じ。長廣さんという名前にもかなり聞き覚えがあるな。

一体この高校だけで、前世からの生まれ変わり何人と出会えるのだろうか。スタートからかなり期待が高い。

残るは、「伊吹葵」「伊吹大河さん」「東さん」「沖田総司」「斎藤一」「その他新撰組の皆さん」あとは…「郁馬凪」もどこかに居るのだろうか。俺はここから、皆の幸せを願っておこうかな。けど、いつか会いたい。




***



高校入学から早一か月。入学したてでどたばたしていた時期がようやく落ち着き、部活も通常運転で始まることに。ちなみに俺は剣道部に入部した。前世のように剣を振りたいと思ったのと、剣術が本当に好きだったから。律と出会う前は、道場で師範、冬弥とうやさんによく稽古をつけてもらっていた。ほんとに、懐かしいなあ。

ちなみに律は、陸上部に入ったらしい。おずおずと訊いてみたら答えてくれたし、俺の所属部活も訊き返してくれた。彼女と隣の席なのは本当に嬉しい。だけど、今の彼女の瞳は氷のように冷たく鋭い。優しいのは優しいのだが、誰も信用していないような瞳をしている。まるで、初めて会った時のようだ。前世でもそんな瞳をしていた彼女を、俺がしつこく追い回して色々喋っていたんだっけ。

「今世でも、傍に居たいな…」

夕方。そうぽつりと呟いて、俺は自転車で帰路を辿る彼女を眺めていた。みるみる彼女の背中が小さくなるにつれ、俺の胸はすこしだけつきっと痛んだ。前世の彼女を俺は知っているけど、前世の俺を彼女は知らない。そんな切なさに、思わず涙が出そうだった。

俺は、今でも君が好き。だから、振り向いてほしいんだ。

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