38話 受け継がれる思い
熱戦を繰り広げた準決勝を終えてから数日が経った。
ミーティングでは3年生それぞれが3年間の振り返りや後輩に伝えたいことを話してくれた。その中でも多くの3年生は後輩たちと一度も一緒に甲子園へ行けなかった悔しさを語っていた。あの空気を肌で感じてまた此処へ戻ってこようという気持ちを共有することでチームが今よりも更に一丸となって練習へ取り組めること。そして自分たちが目標とする場所を知っていて欲しかったそうだ。
3年生たちは甲子園に出場する前と後では、言葉や映像として知っているのと現地で感じることは別物だと教えてくれた。
俺たちは最後まで真剣に3年生の話を聞いた。3年生の引退を悲しむものはいたとしても涙するものはいなかった。3年生からの熱いバトンはもう受け継がれた。下級生それぞれが次に向けて、いや甲子園出場に向かって気持ちを昂らせていることだろう。
この後の予定は練習をせずに、3年生を送る会をするために毎年お世話になっている焼肉屋を貸し切りにしている。予約した時間までもう少し余裕があるので学校で待機する。仲の良かった先輩と話をしている中で桜田キャプテンにベンチ入りを果たした俺たち5人は呼び出された。キャプテンを先頭に空き教室へ向かう。言葉では言い表せないピリピリとした緊張が伝わってくる。俺たちは無言で後をついて行くことしかできなかった。
空き教室に着き鍵がかけられた。不安が
「楽しそうに皆と話してる最中に呼び出してすまん。それでもベンチ入りをした1年生たちには伝えることがあるんだ」
なんだろう?準決勝のことを怒られるのだろうか?俺たち5人は直立不動で先輩の次の言葉を待った。
「そんなに硬くならなくて良いぞ。まずは入部してくれたこと、そして俺が最初の練習で言ったレギュラーを奪う気持ちで練習に取り組んでくれてありがとう」
予想外にキャプテンからは感謝の言葉が発せられて呆気に取られてしまった。キャプテンの話は続く。
「1年生が5人もベンチに入るのは歴代でもなかったと監督は言っていた。本当に凄いことだと思うし、それだけの実力や武器があったとも思っている。俺の同期がベンチに入れなかったのは残念だけど、それは実力の世界だから仕方がない」
俺は別にしても他の4人は他校なら1年生からレギュラーを取れるだけの実力を持っている。スポーツは結局のところ実力がモノを言う世界だけど、鷹松商業で3年間頑張ってきてベンチ入りできなかった先輩たちには申し訳ないと思っている。
「秋季大会からは2年生やお前たち5人がチームの核を担うことになるだろう。レギュラーになったら応援してくれる周りからの期待も高くなって、プレッシャーを感じることが増える。俺がそうだったから。それでも俺たちがやっているのは野球っていう9人でやるチームスポーツだ。誰かの調子が悪い時は他の人が助けることができる。1度のミスをしてしまったとしても打席や守備で挽回することができる。どんな展開になっても試合が終わった時に相手チームより1点多ければ良い。それだけだ。だから負けが濃厚な試合になっているとしても、どんな酷いミスがあったとしてもチームを鼓舞して欲しい。チームがポジティブな雰囲気かネガティブな雰囲気かでは結果も変わってくるし、応援してくれる周りも変わってくるはずだ」
俺はこのままレギュラーになっても経験の少なさで行き詰まることがあるかもしれない。それでもキャプテンからの話で自分のことばかりではなくチームに好循環を与えられるようにしたい。その後もキャプテンの話は続いた。
「準決勝を思い出して欲しい。あんなに良い展開で試合を進めていたし、宏樹と天童がリリーフで待機していて負けるなんて思ってもみなかった。それでも相手の選手は諦めないで一人一人ができることをやってきた。その姿と試合展開が相まって球場に来ていた人達を味方につけたんだ。そして俺のセカンドベースを踏んでいないミス。俺がいくらベースに触っていたと主張しても審判の判断は覆ることはない。あれで天童には動揺させてしまってホームランを打たれてしまった。申し訳なかった。試合の雰囲気も明らかに後半の方が良くなかったよな。雰囲気や応援の力であと1本を打てたかもしれない。これからはそんなので後悔してほしくないんだ」
前半と後半ではムードが変わったのは分かる。自分たちがそう感じていなくても相手の盛り上がりを感じて相対的に俺たちのベンチの方の声出しが足りていなかったのかもしれない。
「桜田先輩。ホームランを打たれたのは俺の球が良くなかったからで先輩のせいではないです。先輩方を引退させてしまったのは全て逆転された俺の責任です。いくら謝っても負けてしまったことを取り消すことはできないですが、本当に申し訳ないです」
「俺も代走で出て盗塁失敗をして雰囲気を悪くしてしまいました。俺にも先輩たちを引退させてしまった責任があります。申し訳ないです」
俺と龍樹は謝る。しかし違った意味で桜田先輩は叱ってきた。
「責任を感じて謝ることは大事だと思う。それでもさっき言ったけどチームスポーツなんだから全てチームの責任なんだ。1人で抱え込むことはない。天童が打たれたならその後で点を取れなかったチームの責任だし、速水が盗塁を失敗してもその後をチームで挽回すれば良かったんだ。これからはお互いに助け合って鷹松商業を甲子園に連れていってくれ!」
「「「「「はい!!」」」」」
俺たち5人は決意が宿った目をして先輩に返事をした。
その後に行われた焼肉の時に野田先輩に聞いたのだが、キャプテンがベンチ入りをした1年生に思いを伝えることは鷹松商業の伝統でこうして意思を受け継いでいくそうだ。野田先輩と桜田先輩と赤座先輩は1年生でベンチ入りしていたので当時のキャプテンに熱く語られたそうだ。
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