第2話 突然の勧誘

「お疲れさん」と後ろから声を掛けられた。

 振り向くとそこにはリトルリーグを共にしていたエースの天童龍樹であった。彼は現在もボーイズリーグのエースを務めており、最後の大会では全国ベスト4に輝いた。U15日本代表にも選ばれている。


「応援に来てくれたのか?」


「違うぞ。スカウトに来たんだ」


「ん? 誰のスカウトをしに来たんだ?」


「走一郎を高校野球にスカウトしに来たんだ。一緒の高校で野球をやろうぜ」

 

 いきなりのことに驚いていると父親が言った。


「龍樹くん。走一郎は短距離で日本代表になるから野球は出来ないぞ。それに君はリトルリーグの時も強引に誘って入団させたじゃないか」


「リトルリーグの時は走一郎も乗り気だったと思いますし、御二方からの許可も頂きましたよね? それに走一郎には野球の才能があります。陸上の才能がないとは言わないですけど、やっぱり身体の大きさは大事だと思います。野球なら身長が小さいことが長所になることもあります」

 

 父さんと龍樹が言い争っている。


 確かにリトルリーグをやっていた時に足の速いことや、選球眼とバットコントロールの良さでヒットを量産していたが高校野球ではどうなのだろうか。


「リトルリーグと高校野球は違うだろ。俺が通用するとは思えないわ。それに両親も俺が日本代表へするために全力でサポートしてくれている」

 

 大前提として俺はスポーツが好きだ。リトルリーグをやってる時も応援に来てくれていたが、それよりも陸上をやってる時の方が、いつも両親が楽しそうで熱心に教えてくれていた。そのことがとても嬉しかった。


「そんなことはない。走一郎には並外れた配球の読みと相手の癖をすぐに見抜いて、6年生で出た全ての大会で盗塁成功率100%をやったじゃないか。これは高校でも絶対通用するはずだ。一生のお願いだから俺と一緒に甲子園優勝を目指してくれないか?」


 そう言って貰えるのは嬉しいが、真剣にやってきた奴らの中に3年もブランクがあるのはかなりのハンデだと思う。だが少し心が揺らいだ。


「一生のお願いはリトルリーグ勧誘の時に使ってたよな。龍樹の熱い気持ちは伝わったがやっぱり両親が支えてくれている中で野球をやるなんて無理だ。両親が喜んでくれる為に頑張って陸上をやってるし」


「走ちゃんは私たちに言われてるから陸上をやってるの? 本当にやりたいことがあるならサポートするっていつも言ってるじゃない。それにパパは本気で陸上選手にさせようとしてるけど、私は走ちゃんのやりたいことを全力でサポートするつもりよ。大丈夫よ、パパは私の言うことはなんでも聞いてくれるのよ。ねっ、パパ?」


「そ、そうだな。ママが言うなら従うしかないな」


 うちの家系は完全に父さんが尻に敷かれているのである。母さんの一言で葛藤して、今後どうするのか考える。


「走ちゃんは、陸上を続けたいの? それとも龍くんと野球をやりたいの?」


 陸上競技は孤独だ。1人で向き合わなければならない。そして全てが自分の責任である。逆に野球は自分がミスしても仲間が取り返してくれることもある。仲間と一緒にプレーをする楽しさを知っている。苦楽を共にして朝から夕方まで仲間と切磋琢磨した日々も。ポジション争いをしてレギュラーを掴んだ嬉しさも。そして俺は決断した。


「母さん、父さん、俺もう一度野球をやりたい。仲間と一緒に甲子園目指したい。だから高校3年間サポートして下さい」


「甲子園を目指すんじゃなくて甲子園で優勝するんだよ。走一郎もやる気になったみたいですし、宜しいですよね?」


「小学生の頃もこんな感じだったような気がしなくもないが、仕方ないからサポートすると誓おう」


「ちょっとパパ、仕方ないじゃないでしょう。走ちゃんを全力でサポートするの間違いでしょう」


「ぜ、全力でサポートさせていただきます」


 なんとも締まりのない感じだが、両親にも認めてもらえたようだ。これから龍樹とともに頑張っていくことを誓った。

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