365色の日々。
みかんねこ
一人では出せない色。
「……終わった」
今週末が締め切りの仕事が、終わった。
本来ならばまだ余裕があるのだが、どうしても今日の午後はオフにしたかったのだ。
ギィ……。
椅子を軋ませ、大きく背伸びをしながら時計を見る。
13時45分。
うん、アイツが普段来るのは大体15時くらいだから、少しだけ余裕があるな。
毎日毎日俺の家にくつろぎに来る、猫のように気まぐれな少女の顔を思い浮かべる。
続いてカレンダーを見る。
今日の日付の所に控えめな花丸が書いてある。
俺が書いたものではない。
となると、他に俺の家に出入りするのは一人しかいない為、消去法で印をつけた人間は確定となる。
最初は何の印か見当もつかなかったが、しばらく考えてようやく分かったのだ。
彼女と俺が、出会った日だ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
思えば色々あったものだ。
今日はコーヒーではなく紅茶を用意しながら思う。
彼女と出会い、過去に捕らわれて世捨て人のように生きていた俺の日々に色が付いた。
初めは、やたらと距離を詰めてきた彼女の態度を疎ましく思ったものだが……。
変われば変わるものだ。
思えば俺は彼女との距離をどう取ればいいか分からず、戸惑っていたのだろう。
まぁ数年の間、まともに他者とのコミュニケーションを取っていなかった訳だから、仕方がない。
そんな俺と初めて会った日の事を覚えていてくれて、嬉しい。
とてもではないが本人には言えないが。
それでも、感謝の念くらいは示したい。
俺と出会ってくれて、ありがとうと。
少し奮発して、地元で有名な菓子店からケーキを取り寄せてある。
時計を見ると14時50分。
そろそろ来るはずだ。
何でもない顔で迎えてやることにしよう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
来ねえ。
時計を見ると17時過ぎ。
陽も傾き始めた。
折角淹れた紅茶もすっかり冷めてしまった。
飼っている猫がクァ……と欠伸をする。
……この1年、一日も欠かさず来てたアイツが来ないとは。
しかも印までつけていたのに。
何かあったのか?
急に心配になり、スマートフォンを手に取る。
そこで気付いた。
俺、アイツの電話番号知らねえ。
毎日来るから連絡する必要がなかったからな……。
ぬう。
探しに行こうにも、アイツが普段どこをうろついているか分からん。
警察に捜索願を出すか?
いや、俺が不審者として捕まる絵しか浮かばんな!
そもそも捜索願は、家族以外の人間だと無理だった気がする。
あれ、もしかして詰んでる?
いや、もしかして家に遊びに来る少女なんてものは、俺の空想上の存在だった可能性が微粒子レベルで存在する……?
ホラーかな。
ドンドンガチャ!
「ごめーん、おじさん遅くなっちゃったァー!」
そんなことを考えていると、少女がノック後0秒でドアを開けて入ってきた。
「いやぁー、なんか滅茶苦茶お客さん来てさあ、なかなか抜けられなかったんだぁー! でもバイト代は割増でもらえたから、ちゃんと買えたよ! はい!」
なぜか近所の喫茶店のエプロンを着けた少女が、笑いながら俺に何かを差し出した。
「……ぉお?」
思考が追いつかず、声にならない声を上げる。
事件に巻き込まれてなくて、よかった。
事故に遭ってなくて、よかった。
来てくれて、よかった。
口に出そうとするも、上手くまとまらない。
「ほら、おじさんにプレゼント! 今日で私達が会って丁度1年! おじさんの事だからわすれ……───」
そんな俺の内心に気付くことも無く、綺麗にラッピングされた箱を俺に押し付ける。
そこで彼女はテーブルの上にある、妙に豪華なケーキとティーセットに気付き動きを止めた。
「「…………」」
気まずい沈黙が辺りを支配する。
「……覚えててくれたんだ」
ポツリと彼女が呟く。
「ごめんね、おじさん。ちゃんと言っておいた方が良かったねえ、慣れない事はするもんじゃないねぇ」
たははと頭を掻きながら笑う彼女を見て、俺は素直になることにした。
「……心配してたよ」
「えっ!?」
「トラブルに巻き込まれた訳じゃなくてよかったよ」
「……うん」
妙にしおらしい彼女に少し調子が狂うが、それでも俺は言う。
「……色々あった1年だったけど、楽しかったぜ」
そして、俺は笑う。
自然に、笑えた。
「うん! 私も!」
彼女も笑う。
「次の1年も、よろしくな」
明日は一体どんな一日になるのだろうか。
彼女と過ごす1日は、どんな色をしているのだろうか?
とても、楽しみだ。
──────────────────
なんか最終回みたいな話になった。
まぁ、KACは次で最後らしいから、次回が最終回ですね。
365色の日々。 みかんねこ @kuromacmugimikan
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