Episode1-9「変な間取り」
「さ、さっきから妙にそわそわしてると思ったら、トイレ我慢してたのかお前」
「ちょっ、は、は、恥ずかしいから言わないでくださいぃぃ!」
デリカシーのない発言をする張島刑事に対し、陽真理は恥ずかしそうに怒った。
とにもかくにも、陽真理は限界に近く、早くお花に摘みに行きたそうだった。
「たしか隣がトイレット……、お手洗いじゃなかったでしたっけ?」
「ああ、そうだな。ったく、一応見張りだから、入り口までついていかせてもらうぞ」
3人でゲストルームから退室し、隣のレストルームへ向かう。張島刑事はノックせず、そのままドアを開けた。
「うわっ!」
「え?」
開けるとそこには、何名かの鑑識が作業をしていた。
「ちょっと張島さん、開けるならノックしてくださいよ」
「の、ノックもなにも、ここトイレだろ?」
「いえ、バスルームですけど……」
「は?」
張島刑事がそう言われて奥に目を向けると、確かに大きい湯舟が置かれていた。もちろんトイレもあるのだが、むしろ風呂場の方がメインのような部屋だった。
「……えっと、第一発見者の一人が、用を足したいようなんだが……」
「あー……まあ、トイレならいいですよ、そこはたぶん関係ないですから。女性の警官呼んできますんで」
鑑識の一人が女性の警官を呼んできたので、陽真理は一人トイレの中へと入っていった。杏奈と張島刑事は、廊下で陽真理を待つことにした。
「それでその、なんでこの部屋に?」
待っている間、張島刑事が鑑識に話をする。
「現場となったベッドルームに、出入り口とは違う扉があるんですが、それがバスルームに続いているんですよ。扉にも『BATHROOM』と書かれてて」
「はあ。廊下からは『TOILET』、ベッドルームからは『BATHROOM』ねえ……。それで、何か見つかったとか?」
「拭き取られていましたが、少々血痕が」
「血痕? なんでまたそんなところに」
「分かりません。ただ量から想像するに、凶器から滴り落ちた滴下血痕じゃないかと」
「滴下血痕ってなんですか?」
近くで聞いていた杏奈が、ひょっこり顔を出して二人に訊いてきた。鑑識は少し怪訝そうな顔をしたが、張島刑事は気にせず解説した。
「一定の高さから垂直に落ちた血痕のことを、滴下血痕っていうんだ。落下した時の円形の大きさで、血が落下した高さも割り出せるんだが……」
「いいんですか、そんなこと話ちゃって」
「ああ、いいよいいよ。それで、高さ的には?」
「そうですね、成人の腰当たりから落ちている様子です。それも、丁度中にある扉のすぐ近くに集中していたので、犯人は被害者を撲殺した後、凶器を持ったままあの部屋で息を潜めていたんじゃないかと」
「それはつまり、殺された漆原さんと、犯人Xのほかに、誰かがいたってことですか!」
杏奈がそんなことを言うので、先ほどまで嫌な顔をしていた鑑識が、意外そうな顔をした。
「えっ、君、今の話を聞いて、それを理解できるのかい?」
「はい! 息を潜めていた、すなわち隠れなければならない事情があったとすれば、それは自分の姿を見られたくなかっただと思います。ということは、犯人Xが漆原さんを殺害した後、第三者Yがあのベッドルームに入ってきたのではないでしょうか、と!」
「おお……! 刑事、この子思っている以上に聡明な子ですよ。うわあ、是非警察官になって鑑識課に来てほしいなぁ……」
さっきまで杏奈のことを邪険にしていた鑑識の目が、まるで子どものようにキラキラしだした。張島刑事は少し引き気味になりながら、鑑識結果を更に聞き出した。
「で、他には?」
「ああ、ええ。血痕の落ちていた位置を鑑みるに、バスルームに隠れてしばらくした後、再びベッドルームへ赴き、凶器を現場に残して去っていった様子です。物色された部分に関しては指紋は検出されませんでしたが、割と明確に、どこに何があるか知っているような感じですね」
「というと?」
「もし張島さんが、見知らぬ家で強盗をするとして、箪笥を開けて物色するとしたら、どこから探します?」
「ど、どこから? どこからって、決まりでもあるのか?」
「一番上から、ですよね、鑑識さん」
杏奈の回答に、嬉々として鑑識さんがグッドサインを出す。
「そう、そうです! 下の方はどうしてもしゃがむ動作が入るので、立っている状態で探しやすい、一番上の引き出しから物色するのがだいたいです。なんですがこの強盗、下の方から探してるんですよ」
「下の引き出しには何が……?」
「被害者は防犯意識が高い方だったんでしょうね。普段身に着けるような貴金属類を下の引き出しに保管していたようです。ネックレスなどをしまう箱などが入っていました」
「ということは、犯人はこの家について詳しい人間……。というか、やっぱりこれ強盗じゃなくて……」
「強盗に見せかけた殺人、という可能性もありますね。もっとも、凶器がトロフィーなので突発的なものと思われますが」
そんな会話をしていた折、張島刑事の上司が、社長や事務の朝日奈さつきとともに廊下にやってきた。
「おう張島、今別の奴から聞き込みの連絡貰ったんだが、どうやら死亡推定時刻に、近辺で赤いスポーツカーを見た、という目撃情報が入った」
「赤いスポーツカー、ですか」
「ああ。ナンバーまでは流石にわからんが、聞きなれない音が外からして、覗いたらこの家の玄関前に止まっていて、しばらくしてからいなくなったってよ」
「犯人の車、でしょうか」
「断定はできないが最有力候補なのは間違いないな。張島、お前はそれを調べてくれ」
「分かりました」
張島刑事は指示を受けると、足早に廊下を駆けていった。張島刑事を見送ると、上司の刑事は杏奈たちの方を向いて、今後の対応について説明を始めようとした。
「では、また後日改めてお話を聞くことになるかもしれませんので、連絡先を教えていただければと。眞城さんに朝日奈さん、それから照喜名さんに……、おやあと一人は?」
「ああ、陽真理ちゃんなら今お手洗いです!」
杏奈がそう言うと、タイミングよくトイレの扉が開き、陽真理が出てきた。
「わっ、あれ、あの刑事さんは?」
「お仕事で移動しちゃった。また聞くことがあるかもしれないから、連絡先くださいだって」
「あ、は、はい、わかりました」
「事件現場でお手洗いはあまり感心できないなあ」
「すみません、鑑識作業が済んだのと、トイレは無関係だったので、そのくらいなら、と私が許可しました」
「んー、あー、まあ、そうか。分かった。それじゃあ皆さん、いったんお帰りになって大丈夫ですので……」
上司の刑事がそう促すのと同時に、杏奈が手を上げて発言した。
「すみません! 私もお手洗いよろしくおねがいします!」
「……はあ?」
上司の刑事が怪訝そうな顔をした。
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