Episode1-8「これは強盗殺人じゃない」
「ほ、ほぉ。やたら時間を正確に覚えてるんだな……」
杏奈の証言を細かくメモしながら、張島刑事はそう呟いた。
「はい。ことあるごとに時計を見ていたので。まあそれはそれとして、強盗殺人じゃない、と思った理由なんですが……」
「ああ、それが本題だったな。俺もあの部屋に何か違和感を感じたんだが、それがなんなのか……」
「あの部屋どころか、全部が違和感だらけですよ。強盗犯の仕業だというのならですけど」
「あぁ? それはどういう……」
そう言いかける張島刑事の言葉を遮り、杏奈は右手人差し指を立てながら、真剣な表情で張本刑事に話す。
「まず第一のおかしな点。これが強盗犯なら、この屋敷にどうやって侵入したのでしょうか?」
「侵入方法ってことか?」
「はい。ときに陽真理ちゃん」
「え、あ、え、私!?」
「陽真理ちゃんだったら、このお屋敷に侵入するとして、どうやって侵入します?」
「え、ええ……えーっと、よくドラマで見るのなら、窓を壊して……とか?」
「古典的で実にいい侵入方法です! それで張島刑事、実際壊された窓とかはありました? 少なくともあの通路にあった窓には何も問題なかったと思いますけど」
そういわれて、張本刑事は部屋の扉を開け、窓を確認する。
丁度今3人がいる部屋は、殺害現場となったベッドルームの2つ隣にある『GESTROOM』と書かれた部屋だった。この部屋が左側通路の最奥の部屋であり、ベッドルームとの間には『TOILET』と書かれた部屋がある。
窓ははめ込み式で開閉はできず、またガラスが壊された形跡もなかった。
「確かにこの通路の窓は無事のようだ」
「他の通路は社長や朝日奈さんが確認しているので、割れていたら気付いているはずです。でもそういう話はお二人ともしてませんでした。ということは、窓以外の侵入方法だったということになります。窓以外と言われたら、玄関しかありません。強盗犯は、玄関から堂々と入って、堂々と左側通路の扉を開いたことになります。いくらなんでも堂々としすぎです」
杏奈は続けて中指も立てて、右手で「2」を表した。
「第二のおかしな点。ギャラリールームを無視したことです」
「ギャラリールーム? ああ、通路に入ってすぐの部屋か」
「はい。あそこには私と陽真理ちゃんも入ったんですけど、宝石や高そうな腕時計やらがいっぱいあって、それはそれはもうお宝の山でしたよ!」
杏奈は目を輝かせながら言う。実際、あの部屋には漆原東彦の蒐集品と思われる高価な品々が置かれており、中には宝石類や高級腕時計など、盗むにうってつけのものが多数置かれていた。
「お、おう。なんでその部屋にお前たちは入ったんだ?」
「なんでもなにも、漆原さんがどこにいるか分からないから、順番に部屋に入るしかないじゃないですか、近い順から。ね、陽真理ちゃん」
「う、うん。それで、そのギャラリールームを見回したんだけど、特に何もなくて……。そういえば、盗られている様子も無かったかも」
「そうなんです、ギャラリールームにあったものは何も盗まれてないんです。強盗目的なら、普通ギャラリールームに入りません?」
「……言われてみれば」と張本刑事は頷く。
「そうでなくても、強盗が堂々と入り口から入ってきてこの通路に来たのなら、まずはいるべき部屋はギャラリールームのはずです。それをむししてまでベッドルームに行くのは、むしろそっちに目的があった、と考えざるを得ません」
たしかに、これだけ広い屋敷に盗み為に入ったのだとしたら、まず事前に情報収集してどこに何があるのかを調べ、盗みに行くのではないだろうか。それをせずに侵入したとして、ギャラリールームを無視して、その隣のベッドルームにいきなり向かうのはいささか不自然であった。
「犯人の目的はベッドルームにある何かだった?」
「ちなみになんですけど、ベッドルームにも盗めそうなものはあったっぽいんですか?」
「うーむ、本人の財布からは現金が抜かれていたし、普段身に着ける用の腕時計やアクセサリー類はベッドルームに置かれていたらしくて、それらはなくなっていたんだが……」
確かにベッドルームは荒らされていた。そして、その中にあった貴重品類は盗まれている様子だった。しかし現状、他の部屋が物色されていたという報告は、張本刑事は受け取っていない。
ふと、あるものがないことに張島刑事は気づいた。
「そういえば、1個凶器が見つかってないな」
「前頭部に傷をつけた凶器ですね」
「ああ。致命傷である後頭部の傷と一致するトロフィーはそのまま残されていたんだが、額の傷の凶器がまだ見つかってない。鋭利なものっぽいんだが……」
「それが三つ目のおかしな点です。犯人は、致命傷を与えた肝心の凶器は放置したのに、そうじゃない方の凶器だけ持ち帰っているんですよ。普通逆か、どちらも持って行きますよね?」
「確かに……。他のトロフィーで散乱させて誤魔化すにしても、ちょっと雑だよな……」
「そして第四のおかしな点。漆原さんを含めた現場の状況です。たぶん、これが刑事さんが思っている違和感の正体だと思います」
杏奈は続けて薬指を立て、「4」を表す。
「刑事さん、現場の写真って今持っていますか?」
「ん? ああ、あるが……」
「見せてください。その方が説明がしやすいです」
張本刑事は、渋々数枚の写真を見せる。
赤いベッドに赤いカーペット、赤を基調としたこの部屋の中央に、漆原東彦の死体が写っている。漆原の上には、倒したと思われるトロフィーや盾、物色時にまき散らしたハンカチやガラスケース、棚の引き出しなどが乗っかっていた。
「この写真で何が分かる?」
「犯人の犯行の行動が分かります」
「なに?」
「順番ですよ。犯人は強盗だとして、泥棒した後に漆原さんを殺したのでしょうか。それとも漆原さんを殺した後に泥棒をしたんでしょうか」
「強殺となると、泥棒している最中に見つかって、口封じっていう流れじゃないか?」
「でも、漆原さんの身体の上に、トロフィーやハンカチが散らばっています。漆原さんを殺害した後に荒らした、と考えるのが妥当だと思います」
「あ……」
小さくそう声を漏らすと、張本刑事は自分の中で何か合点がいったようで、グーにした左手をポンと右手に叩いた。
「そうだ、そうだよ、それに被害者は部屋の真ん中で死んでいた。強盗犯に鉢合わせたとして、逃げ出すことも立ち向かうこともした痕跡はなかった。ということは……」
「これは近しい人による衝動殺人で……、その後に強盗に見せかけたんだと、私も思います!」
「なるほどな、君に聞いて助かったよ。ありがとう。しかし、あの一瞬で良くそこまで思いついたな?」
「ふふーん、推理は私、得意中の得意ですから!」
得意げになる杏奈の頭を、わしゃりわしゃりと張本刑事は撫でた。このご時世、人の頭を撫でたら何かと問題になりそうなものだが、杏奈本人は非常に満足気なので、きっと問題ないだろう。
すると、二人のやり取りを黙って聞いていた推名陽真理が、もじもじしたまま話し始めた。
「あ、あの、その、そろそろ話してもいいですか……?」
「? そろそろもなにも、陽真理ちゃんも話に交じってよかったんですよ?」
「あの、その、それどころじゃ、なくって……!」
「?」
「お、お……お花、摘みにいかせてくだしゃい……」
頬を赤らめ、恥ずかしそうに陽真理が言った。
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